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株式会社 山本海苔店
1849年(嘉永2年)創業

山本海苔店

伝統と革命のバランスを保ち、こだわりの味を世界に

「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」ことをモットーに、「おつまみ海苔」の開発を始め
海苔の新しい可能性を追求し続けている。まるうめブランドをさらに強化し、海苔を中心とした豊かな食文化を提案
業界の第一線にありながら、常に時代に即した商いを行い「伝統は革新の連続である」という姿勢を持ち続けることを重んじ
160余年の時を経て現在も多くの山本海苔ファンに愛されている。

代表紹介

山本 德治郎(やまもと とくじろう)
代表取締役社長
6代目 山本 德治郎(やまもと とくじろう)
慶応義塾大学経済学部卒業
  • 1973年4月 株式会社山本海苔店へ入社
  • 76年取締役、82年常務取締役を経て
  • 1995年 取締役社長に就任。6代目山本 德治郎を襲名する
山本貴大(やまもと たかひろ)
専務取締役
山本貴大(やまもと たかひろ)
慶応義塾大学経済学部卒業
  • 慶應義塾大学卒業
  • 2005年 東京三菱銀行入行
  • 2008年 山本海苔店入社

東京三菱銀行から、2008年に同社入社後、仕入部で海苔全般の勉強を行い、山本海苔店100%子会社・丸梅商貿(上海)に勤務し、おむすび屋「Omusubi Maruume」を立ち上げる。
その後、シンガポール髙島屋、台北三越店と海外店舗立上げに参画。現在、専務取締役営業本部長として営業全般を担い、「おいしい海苔」の普及に務める。

山本海苔店の歴史

1849年
(嘉永2年)
初代山本德治郎、日本橋室町一丁目に創業
1858年
(安政5年)
二代目山本德治郎を襲名。「マーケティング」により、顧客ニーズに応じ海苔を8種類に分類して販売
1869年
(明治2年)
味附海苔を創製。明治天皇の京都還幸に際し、御所への東都土産のご下命より、宮内省(庁)の御用を賜る
1882年
(明治15年)
東京市内のノリ問屋11名と「東京乾海苔問屋組合」を組織し、東京府知事の認可を得る
1902年
(明治35年)
登録商標法制定と同時に「まるうめマーク」を登録し、認可される
1923年
(大正12年)
関東大震災により、日本橋の店舗をはじめ倉庫が消失。日本橋にあった魚河岸も震災を機に築地へ移転
1931年
(昭和6年)
文豪の泉鏡花より賛文「山本特製海苔報條」を寄稿される
1945年
(昭和20年)
5月25日の空襲で本店焼失。12月には葦簀張りの床店で開業
1946年
(昭和21年)
従来の個人商店を会社組織に改め、株式会社山本海苔店を設立。
1954年
(昭和29年)
銘々海苔「梅の花」発売開始
1965年
(昭和40年)
本社新社屋竣工。駐車場側にドライブイン(日本初といわれるドライブスルー)設置
2007年
(平成19年)
丸梅商貿(上海)有限公司設立
2014年
(平成26年)
佐賀市久保泉町に工場新設。日本最大の海苔生産地である佐賀に製造拠点を設置する

企業情報:
株式会社 山本海苔店 / 東京都中央区日本橋室町1丁目6番3号 /  03-3241-0322
公式ホームページ:http://www.yamamoto-noriten.co.jp/

山本海苔店の「知恵」

山本海苔店
のれんにあぐらをかかず、品質で勝負を
お客様からの信頼で歴史と伝統を築いてきた山本海苔店。
これまで、数多くの挑戦と革新を行い
品質第一で「美味しい海苔をお客様へ」届けてきた。
先代から伝わる、何度も繰り返し聞いた想いの裏に隠された物語とは!?

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第4回 地方創生経営者フォーラム・千葉

2019年2月18日(月)千葉県千葉市にて、「第4回 地方創生経営者フォーラム・千葉 伝燈と志命」を開催し、株式会社山本海苔店 専務取締役 山本貴大氏に登壇していただきました。

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