株式会社 江戸清
1894年(明治27年)創業

横浜の風土に育まれて一世紀 「食」を通して社会に「よろこび」と「新しい価値」を

食肉の歴史と共に歩み続けた中で、早くから食肉先進国米国の米軍と取引をしたことにより
安全・衛生面において、いち早く近代化を取り入れた食肉加工品製造企業という姿のほか
更に中華街立地による中華というテイストが影響して、独自の事業領域を広げている。
食肉を取り扱う業者として「安全・安心」「品質・鮮度」をモットーに優れた食材、加工品を提供している。
ブランドのこだわりと伝統が極めたその味は、「本格中華」として多くのお客さまに親しまれている。

代表紹介

代表取締役社長
4代目 高橋 伸昌(たかはし のぶまさ)

慶應義塾大学卒業

1982年 野村證券株式会社
1994年 株式会社江戸清
2000年 代表取締役社長に就任

・公益社団法人横浜中法人会 会長       ・横浜中華街発展会協同組合 理事長
・横浜中華街大通り商店街振興組合 副理事長  ・横浜商工会議所2号議員
・山下町町内会 副会長            ・加賀町交通安全協会 副会長
・横浜中華街パーキング協同組合 常務理事   ・福祉法人あおい会 理事
・一般社団法人日本ハンバーグ・ハンバーガー協会 理事 ・地元の小学校、中学校 学校運営協議会

江戸清の歴史

1894年(明治27年)
高橋清七が食肉業を創業
1914年(大正3年)
ハム・ソーセージ加工製造業を開始 (昭和20年空襲により撤退)
1938年(昭和13年)
高橋峯男二代目社長就任
1952年(昭和27年)
米軍への納入を開始
1967年(昭和42年)
高橋柢祐三代目社長就任
1976年(昭和51年)
伊藤ハムグループに入り、新生「株式会社江戸清」としてスタート
1989年(平成元年)
一年半の研究期間を経て「ブタまん」を開発。販売開始
1990年(平成2年)
千葉工場建設 稼動開始
1999年(平成11年)
中華街大通りに2号店(現、中華街大通り店)を出店
2000年(平成12年)
高橋伸昌四代目社長就任
2003年(平成15年)
本社事務所並びに精肉生産工場・横浜工場を金沢区幸浦に移転
2008年(平成20年)
中華街市場通りに「りーろん中華街市場通り本店」を開店
「りーろん中華街店」を「江戸清関帝廟通り店」

2010年(平成22年)
「りーろん中華街市場通り本店」を「江戸清・りーろん中華街市場通り店」に
企業情報:
株式会社 江戸清 / 神奈川県横浜市金沢区幸浦 2-1-9 /  045-791-1611
公式ホームページ:
http://www.edosei.jp/index.html

江戸清の「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

感動体験が事業へ繋がる

「米軍との取引」が事業の発展、
食肉の「安心安全」へのこだわりへと繋がり、
業界内でも、いち早く一歩上の衛生基準を取得するまでに至る。

日本人ならではの“想い”を追求した
江戸清の創業の精神に迫る‼

「決断」~ターニングポイント~

私の器から公の器へ

幾度となく訪れる苦境、乗り越えた試練の中で、
“オイルショック”の影響から、倒産寸前の会社は大手企業からの資本出資受けることになった。
その結果、江戸清は「”私の器”から”公の器”」となった。
そんな状況下で、代表に就任した高橋氏は、
先代の意思を継ぎ、会社を”私の器”へ取り戻すべく奮闘する。
江戸清、高橋氏自身の転機、ターニングポイントに迫る!

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

父の想いから生まれる座右の銘

幼き頃に聞き続けた父の口癖。
その言葉と想いは高橋氏へ受け継がれた・・・

先代から受け取った言霊、高橋氏自身が胸に刻む言葉、
そこに隠された想いに迫る!

「貢献」~地域、業界との絆~

地域と連携をとる“食育”

会社にとって重要な”雇用と販売”を健全化する為にも、
”江戸清と地域”は切っても切れない関係である。

地元の横浜、そして、中華街への想いとともに、
コミュニティの持つ力を高橋氏が語る。

「NEXT100」~時代を超える術~

食品会社の生命線とプラスアルファ

江戸清などの食品産業を支えるは、
工場や店舗などの従業員である“働き手”。
人口減少など外的要因による苦境を乗り越え、事業の継承を行う術を、高橋氏が語る。
江戸清にとっての核、次代を見据え求められる変化とは!?

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