帝国インキ製造 ~お客様の声を第一に成長を続ける~
オープニング・創業の精神 ~家訓や理念誕生の経緯~
今回のゲストは「帝国インキ製造株式会社」、3代目 澤登 信成 (さわのぼり のぶなり)。
1895年、印刷用インキの製造販売会社として創業。新聞印刷用インキを主体として始まり、その後、伝票帳票類用の、カーボンインキ等ビジネスフォーム用インキの、トップメーカーとなる。
1972年、スクリーン印刷インキの製造販売に乗り出し、現在は家電、自動車メーター、携帯・スマートフォン等、工業製品用に開発製造された高精細・高機能インキが、世界各国で高い評価を得ている。
100年を超える歴史の中で、絶え間ない技術革新を繰り返し、環境に優しく、新しい機能を持ったスクリーンインキの開発にチャレンジし続けている。
今回は、そんな帝国インキ製造株式会社の3代目、澤登 信成 (さわのぼり のぶなり)の言葉から、創業時から培われ継承されている「長寿企業の知恵」、その裏に隠された物語に迫る…
石田:本日のゲストは帝国インキ製造株式会社 代表取締役社長 澤登信成さんです。よろしくお願い致します。
澤登:よろしくお願い致します。
朝岡:帝国インキ製造ですね、インキを作る会社と捉えてよろしいでしょうか?事業の内容は。
澤登:そうです。はい。インキを作っております。ただ、インキといってもスクリーン印刷用のインキでして、用途的には工業用部品がほとんどです。いわゆる、雑誌とかああいう紙媒体に使われることは今ほとんどないです。
朝岡:紙とか雑誌じゃなくて、工業製品に何かこう印刷するという。そっちが主流になってるということですね。
石田:澤登さんは今何代目でいらっしゃるんですか?
澤登:澤登になって3代目になります。私の祖父から数えて3代目ということです。
朝岡:その前は、また別のご家族がやってというか社長がいらっしゃって、今は、澤登家になって3代目という、今おいくつですか?
澤登:私は41です。
朝岡:おぉー、青年社長ですね!
澤登:いや、青年じゃないと思う。
朝岡:いやいやいや!
朝岡:でも、この帝国インキ製造って、なんか時代を感じさせる御名前ですが、これ由来というのは何かあるんですか?
澤登:確かなところはわからないんですけれども、きっと時代がいわゆる帝国主義というか、そういった帝国というものがあった時代なので、そこから名前を取ったんだというふうに思っています。
朝岡:120年以上の歴史をお持ちでしょう?例えば、明治20年代ですね、大日本帝国っていう日本の名前がね、大日本帝国という名前だったから、色んな企業で帝国ってついた名前が多かったみたいですけれど、その時代からということですね。
石田:こちらにご用意頂いたのは?
澤登:こちらにあるのが、スクリーン印刷用のカラーガイドでして、デザイナーの方が、こういう色が欲しいっていう時に選んで頂いて、このチップを切って、当社のいわゆる色を作る人間に渡してもらえれば、彼らがこれと全く同じ色を作ります。
石田:こちらに、色の種類ってこんなにたくさんあるんですか?
澤登:そうですね。全ての色を常に我々持っているわけではなくて、1シリーズだいたい13色あります。で、それを混ぜ合わせでこの中の全ての色を出すことをやっています。
朝岡:これ、いわゆる見本帳ですよね?色のね!
澤登:そうですね。
朝岡:で、こんなに種類があるんだ(笑)
石田:あははは(笑)
澤登:ただ、デザイナーの方も割と独特でして、こういったチップでありながらも、もっとあたたかさをとか冷たさをとか。
朝岡:さらに!
澤登:もっと汚してとか明るくしてっていうのがありますんで、この通りにってのはなかなかいかなくてですね、そのやり取りの面白さとかはありますね。
朝岡:色っていうのは、本当に奥が深い世界ですね。
澤登:そうですね。私も時々嫌になっちゃう。
朝岡:あははははは(笑)
石田:あははははは(笑)
石田:色を見過ぎて!
朝岡:それくらい凄いんですね!
石田:そして、こちらにあるのは?
澤登:まず、これがですね、一見すると石目調の印刷物なんですけれども、これ、いわゆる隠し印刷というもので、こうやって裏から光を当てると、こうやって文字が。
朝岡:まぁ、当社の中のなんですけども。これ(隠し印刷)、何かっていうと、印刷証自体はお客様がやってるものなんですけど、当社がこれを作って貢献してるのがインキでして、より細かい繊細な印刷ができるっていうことで、よりリアルな石目調になるっていうことと、この透けにくいっていうこと、今光り当てないと完全に見えない。
朝岡:見えない!
石田:見えない!
澤登:家電とかだと、スイッチを隠したいという傾向が今ありますので、必要な時にパーッて触ると裏から光が出てスイッチが見えてくるという、そういったアプリケーションを提案しているところです。
朝岡:だから、あれですよ!印刷って聞くとね、僕らどうしても紙とか!そこに字を印刷したり、デザインを絵を印刷したりってイメージがとても強いんですが、今やっぱり工業製品!お家で使う色んな製品に色だとかデザインだとか文字をプリントする。これがものすごく広がってるってことですね。
澤登:そうですね。ありがたいことに、色々使い道というか、お客様考えてくださるんで。
石田:私達のとても身近なスマートフォンの枠なんかも。
澤登:そうですね。この白と黒で一応基本のところで提案しております。まぁ、これのいいところは、ちょっと肉眼じゃわからないんですけど、この直線性、エッジの部分が極めて真っ直ぐに出るっていうことでして、お客様によっては、ものすごーく微細なところまで見てこだわるお客さんというのがいまして、そういうお客様のお眼鏡にもかなったということでですね、お使い頂いております。
朝岡:こう直線を出すっていうのは、そんなに難しいんですか?
澤登:スクリーン印刷の特徴として、こういう網の目からインキを抜きます。通します。するとどうしても網の目が残っちゃうんですよね。ですから、それが残るとこうギザギザっていう形になってしまうんで。
朝岡:はぁー、そういうことか。ちょっと滲んだように見えるという形になりがちだと。
澤登:そうなんです、酷いものになると明らかに肉眼でこう線が見えてくのとかってありますね。
朝岡:それがほんと一直線になってるというね、見た目鮮やかだよね!きちっとね!
石田:くっきりと!
澤登:これは、当社の新製品で、より細かい線を綺麗にということで作ったものでして。
朝岡:これ!あの!米粒の中にこんな字書きましたっていうそれくらい小さい字ですもんね!
石田:虫眼鏡でこう見ないと見えないくらいの細かい字ですよね!
澤登:それ、米粒にも印刷して印刷出来たんですけれども、乾燥して割れちゃったんで、今日は印刷物でお持ち致しました。
朝岡:でも、くっきり英語も日本語もね!くっきり印刷されてますよ。
澤登:通常の場合潰れてしまうんですけれども、そこまで綺麗に刷れるようになったんで。
朝岡:すごい技術ですね!
澤登:ありがとうございます。
石田:こちらの他にも帝国さんのインキを用いた製品というのはどういったものがあるんですか?
澤登:他にはですね、自動車のスピードメーター。これが大きなところですし、あと、家電製品。ようは炊飯器の蓋の部分にこうONとかOFFとかのスイッチがありますよね、あれも印刷で作られてまして、あそこに使われるのもです。
あと、ちょっとした伝統的な部分で言いますと、ビジネスフォーム。伝票の裏のカーボンって未だに、黒いベッタリ塗られてる、ああいうものも当社、昔ながらのものを作ってたりしてます。
朝岡:ああ、そうなんですか。じゃあ、昔ながらのインクを使うものと、家電製品・工業製品こんなところにも文字が!というものも全部やってらっしゃるという。
朝岡:ほぉー
石田:ほぉー
ここからは、各テーマを元に、帝国インキ製造株式会社 3代目、澤登 信成の言葉から、歴史と伝統の裏に隠された「物語」、帝国インキ製造株式会社が誇る、「長寿企業の知恵」に迫る。
最初のテーマは、「創業の精神」
帝国インキ製造株式会社の、創業から現在に至るまでの経緯。そして、先代たちから受け継がれている想いとは。
石田:創業の精神ということで、まずは帝国インキさんの創業の経緯を教えて頂けますでしょうか?
澤登:当社は、まぁ、我々澤登がやっているんですけど、帝国インキ自体は前からありまして、澤登家としての事業の始まりは、私の祖父、澤登チアキが学生時代に、立教大学の学生時代にお酒の卸売りか何かを始めた、それが昭和7年くらいだったと思うんですけど、それが事業の始まりです。
で、そのうち彼が色々やってる中で、帝国インキというものを受け継いだのが、昭和18年戦争中でして、当時は、新聞印刷用のインキというのを行っておりました。
その時は確か、港区の芝浜松の辺りでやっておりまして、で、それが我々の帝国インキとしての始まりとなっております。
石田:家訓や理念はどのようなものでしょうか?
澤登:家訓というものはあまりないんですけども、我々帝国インキ当社にとっては、「企業理念、信条、私達の誓い」というものが、いわゆる、最も大事にしている考え方です。
やっぱりそこは、色々言い出すと長いんですけど、それを大事にしていかなければならないというのがまず第一にありまして、そこからお客様を大事にすることによって、経営者とかっていうことではなくて、帝国にいる皆が豊かになって、豊かになることに向かって活動していこうじゃないかという。
その結果として、我々帝国インキという会社自体が大きくなっていけたらいいなという想いで、我々「企業理念、信条、私達の誓い」というものを誇っております。
朝岡:ほー、それは具体的には、毎日とか毎週とかにいっぺんくらい社員に徹底する機会というか、そういうのは設けてらっしゃるんですか?
澤登:部署ごとに、我々の「企業理念、信条、私達の誓い」というものを浸透させるかっていうのは、まぁ、部署ごとに行ってるんですけども、ただ、確かに唱和というものを行ってもいます。
それは、例えば営業ですと、毎週月曜日に唱和をしたりしてますし、ただ、その唱和するだけですと、文字面を覚えるだけになって、じゃあその中身は一体わかってんのかい?みたいな感じになってしまうんで、それだけではなくて、その日常の仕事の中でも、それ本当にお客様の為になってんの?とか。
あと、会議の中でも、その会議でやってきたことの振り返りをしたりする時に、それ本当にお客様の為になってんの?とかっていうことを確認し合って、で、じゃあ実際どうだったんだろうね?ということをまた話し合って次の行動に結びつけるようにしています。
朝岡:口に出してこう唱和するだけじゃなくて、実践の場で色々考えながら、その理念とか大事なことを確認してるということがあるんですね。
澤登:まぁ、暗記力で勝負しても仕方ないんで、お客様に対して、我々の企業理念はかくかくしかじかです。なんて言ったところで、あぁそうですか。で終わってしまうんで。
そのやっぱり当社に求めているものは、それをベースにしてお客様自身が求めているものをどれだけ提供してくれるかということですし、やっぱりそれをどれだけ実践していくかということが、我々にとって大事なことで、やっぱり行動するということですね。
朝岡:やっぱり先程お話を伺ったけれども、色をね、見本帳だけで決めるんじゃなくて、こっからまたお客様とのコミュニケーションをはかってね、決めていくという過程が、正に、そのお客様を大事にしていく過程と重なると思うんですけど、実際に社員の皆さんに、こういう風にしなさいよとか、或いは、社員を育てていく時に心がけていらっしゃることってあるんですか?
澤登:スキル。って色々ありますよね。例えば、経理の人間だったら、会計簿記の知識を持っているとか、データが早く打てるとか。
そういうのは、それよりも先に、「企業理念、信条、私達の誓い」っていうそれをまず理解してくれってところから始まります。
それがないと、どんなにスキルがあったとしてもお客様の為に使えないと思いますし、当社の目指してる方向には向かうことが出来ないと思いますので、まずは当社の信じている「企業理念、信条、私達の誓い」というものを理解する。そこからがスタートという風に思っています。
朝岡:じゃあ、まずその心みたいなものをしっかり身につけてもらって、そっから技術的なものとか、もののやり方。これも身につけてってくれよと。こういう形で社員に接していらっしゃるということですね。
澤登:ただ、面白くて、「企業理念、信条、私達の誓い」っていうのを理解しました。ものすごいベテランの方とか退職された方もいるんですけど、時たま、技術だったり知識がないんで、トンチンカンなことをやったりしちゃう場合があるんですね。
お客様のことを想ってる、だから何をしてもいいんだ、っていうことにはならなくて、やっぱり正しい仕事をするには、正しい事をお客様に届けるには、技量とかそういった知識っていうのは必要なので、やっぱりそういうのも平行して、まぁ、後付けになるんですけど、教えていけたらなと思ってやっています。
朝岡:バランスね!
澤登:そうですね。
朝岡:両方のね!あぁー
石田:機械っていうのもとても進化してると思うんですけど、それでも、やはり職人さんの技術って大事なんですね。
澤登:私は、絶対必要だと思います。
確かに、今、例えばこの色。色々ありますけれども、これを測定する色差計ってのがあるんですけれども、数値で色が出てくるんです。じゃあ、その数値に従って色をまた再構成すると、元の色と同じものが出てくるかっていうとそうじゃないんですね。
結局、人間の目ほど、色を正しく捉えてるものって現状ではないんですね。で、色を見て何かを感じるっていうのは、やっぱり人間じゃないと出来ないことだと思いますので、先程お話しした、色を冷たくとか温かくとか汚してとかっていうのは、それはものすごい件数のデータを取れば出来るのかもしれないですけど。
やっぱりそこには、人が入ることによって生まれるものっていうのが、私は絶対あると思いますので、人は、うん。なくしたくないですね。絶対必要だと思っておいてやっていきたいですね。
石田:実は私も色が好きで、家で自分でペンキ塗ったりするんですけど、なかなかその調合って難しいんですけど、それこそクライアントさんが求める色に合わせるっていうのは、とても技術が必要なんじゃないですか?
澤登:私も色のことはよくわからない。あの、わからないっていうのは、どの色とどの色を混ぜ合わせればどんな色になるかっていうのは、経験してる人間でもないとわからないですね。で、こないだ会議で話を聞いてて面白かったのは、黄色を入れると白くなるっていう話が出てきたんです。
それ何故かっていうと、黄色のインキの中に白い顔料が入ってるんで、それが作用して白くなってくっていうですね。ですから、やっぱりそこには経験であったり、そういった先輩達からの知識を蓄積していくっていうこと、これはまず必要だと思いますし、あと、お客様の求めているものをきっちり理解してそれに合わせたものを出していくっていうこと。
あとは、だいたい1回じゃ上手くいかないんですね、我々が思っている以上に深いものをお持ちですので、すると、ちょっと違うよね、例えばこれをもっと、何ていうんですかね、派手にしてくれって言うならまだいいんでしょうけど、冷たいのにしてくれとかそういう抽象的な部分を汲み取り、諦めずにトライして、何回も出していくっていうこと。
それでキャッチボールしていって、近い色にしていくっていうそういうことが、我々の中には要求されてますね。ですから、技術であったり知識だけではなくて、お客様とやり取りを真剣にしっかりやっていくっていう、そこが非常に我々にとっては基本的に重要なところだと思っています。
朝岡:帝国インキさんてあれですよね、インクを作ったらおしまいっていうんじゃなくて、そこから始まっていくっていうのがあるんですね。そういうお話聞いてるとね。
澤登:そうですね。やっぱり使って頂いて初めて当社の価値っていうのが出ますので。
だから例えば私が、会社の調子が悪くなって、現物支給しますって言ってインキをみんなに配ったところで、そんなの欲しくはないですよね。
お米とかだったら食べれますけど、インキは食べれないですから、ですからやっぱり使って頂くことによって、インキというもの、当社のやってるものの価値が出ますので、そこから先がまた大きな勝負っていうのはあります。はい。
朝岡:営業の社員の方っていうのは、営業成績みたいなものでね、いくら売れたとかそういうことで自分がやったっていうのがわかるんですけど、今仰ってるその職人さん達は、スキルを持ってらっしゃる方は、なかなかそのやってることが、成果が上がってるのかそうじゃないのかわかりにくい部分もあると思うんですよ。
その辺に、こうモチベーション高める為に、何か社長が普段から言ってることとか心がけてることってのはあるんですか?
澤登:先程もお話しした様に、我々の製品ってものはお客様にお使い頂いて初めて価値が出るものです。ですから、どんなに職人がいい仕事だと言ってぴったり色を合わしても、お客様が使ってもらわなければ意味がないっていうのがあります。
ですから、我々が感じる仕事の実感であったり楽しみ、特にその職人の人達、特にお客様と直接接する機会のない人たちは、まず、当社製品がこういうものに使われているんだよっていうのを、できるだけわかるように伝えていきたいと思って、伝えるようにしています。
あとは、機会があれば、お客さんと直接接してもらって、お客さんがこういうことがしたいんだこういうものが欲しいんだっていうのを直にお客様とやり取りしてもらって、ていうこと。
あと、大事なのはクレームですよね。やっぱりクレームの時ほど当社のダメな部分とか我々がしっかりしなきゃいけない部分ていうのが見えてきますので、そういった色を作ってくれる製造部の人間もそうですし、研究所の人間もですよね、そういったクレームの時にお客様のところへ行って、お客様と真剣に向き合って、何がまずかったのかっていうのを聞くっていう事が仕事。
まぁ、確かに嫌なんですけど、クレームっていうのは、だけどそれが次に繋がることですので、やっぱりそれをしっかりやるようには心がけています。
決断 ~ターニングポイント~
「決断」ターニングポイント
まずは、帝国インキ製造株式会社におけるターニングポイントとは?
澤登:会社のターニングポイントっていうのは、時期は定かじゃないんですけれども、今の会長が社長だった時に、大手インクメーカーの下請けをやってました。
で、その時に値段交渉といいますか、その交渉に行って値上げを求めたんですけど、その時にあまりにも向こうの対応が頑なだったということで、その場で、じゃあもう辞めますって辞めてしまったんですね(笑)
朝岡:下請けを?
澤登:はい。で、当時の事を聞くと、確かに下請け仕事っていうのをやっていれば、大手のインクメーカーですから安定的に仕事がくるっていうことでの安定もあったんですけど、他方、自分達でやりたいと思ってることっていうのが出来ないっていうこと。
お客様からこんなの欲しいんだよって言われても応えきれないっていう歯がゆさもあったのかもしれないですけど、そういった部分のこと。
それと、他方、下請けを辞めれば自分達で自由に目指す姿に走っていける。ただし、安定性がなくなる。下請けの仕事がなくなるので、経営的に基盤が危うくなるかもしれないというそういったリスクは抱えなければいけないという。
そういった葛藤はあったみたいなんですけど。ただ、何かこうスパッと辞めてしまったみたいですね。
朝岡:ほぉー、随分また、会社の重大な進路をね、変えるという決断をスパッとされまして、所謂、現会長ってお父様に当たるんですよね?
澤登:そうですね。
朝岡:ほぉー、そんな話なんかを聞いてると、現社長としては、そのお父様の決断、会社にとって大きなターニングポイントになったわけですけど、どんな風に受止められたんですか?
澤登:その時は、私は多分子供だったんですよね。ちっちゃい子供だったんで、何が起きたのか当然知らなくて、会社に入る直前か入った後くらいに、その話を聞いたんですね。で、その時、彼の心境っていうのは、大手の下請けでやりたい事も出来ずにただ安定性を求めてやっているよりも、彼がよく言っていたのは「野原の一本杉になる」っていう。
確かに、冷たい風であったり風雨にはさらされるし、もしかすると枯れてしまうかもしれないけれども、それよりも自分達の足でしっかり立って、そういった世間の辛いものとかも受け止めて、それでも自分達で歩んでくっていう、そっちの方を彼としては選んだんだっていう風に言っていますね。
彼がそういう風に決断してくれたお陰で、当社のスクリーン用印刷製品というところに経営資源ていうものを大きく振り分けることが出来まして、そこからスクリーンメインでやって現在の姿があるんで、我々としては感謝してるところですね。
朝岡:杉林の一本じゃなくて、野原の一本ね!
澤登:そんなもの本当にあるのか知りませんよ(笑)
一同:笑い
朝岡:いやいや、わかりやすいよ!でも、やっぱりその安定か挑戦かって、どの経営者も迫られる決断だと思うんですけども、その決断は現会長のお父様はよくぞなさって、そっからまた今の帝国インキ製造のね、隆盛というか生まれたというのは、なかなか凄い教材と言っちゃなんですけど、例が身近にあるってことですね。
続いて、帝国インキ製造株式会社の3代目、澤登 信成 (さわのぼり のぶなり)にとっての、ターニングポイント。
澤登:私のターニングポイントは、まずこの世に生まれたというか、この澤登家というところに生まれたということと、そして、帝国インキ、当社に入ったこと。そして、社長に就任したということ、これがターニングポイントですね。
朝岡:ターニングポイントというか、ターン、回る前から、だって生まれた時からですもんね、それ!
澤登:そうですね。だから、たまに、違う人生なかったのかななんて思うことありますけれども(笑)そういうことを考えてると、別の可能性があったとするならば、じゃあやっぱりこの家に生まれたということが自分の今を決めていることなんで、ターニングポイントなのかなって思いますね。
朝岡:やっぱり、帝王学みたいなものは、ちっちゃなうちからお父様から教えられたというか、そういう人生でした?
澤登:いや、帝王学とかそういうのは、特に意識的に何かっていうのは教えられたっていう記憶はないんですけども、友人とかの集まりとか、クラブだったり部活とかだと、何かキャプテンとかそういうのになることが多かったので。
まぁ、そういった父の姿だったりを見て、何かしら感じてて、行動にうつしてた部分ていうのはあったのかもしれないですよね。
朝岡:意外とお父様がこうポロッとね、演説じゃないけどポロッ、普段家族の中で言う言葉だとか、或いは、その働いてる姿とかね、親の後ろ姿じゃないけど、そういうもので色々印象深かったシーンっていうのは、今思うとあったりするんじゃないですか?
澤登:私が、小学校卒業するまで住んでた家っていうのが、会社の敷地内にあったんですよ。で、家がありまして、事務所があって、倉庫があって、ある種、帝国インキの中で私育ってたようなものなんですね。
その時に、やっぱり働いている父の姿っていうのはたまに見ましたけど、ほとんど接待で酔っ払ってて(笑)ただやっぱり、働いてる当社の、今から思うと先輩たちの姿を見れたっていうのは非常に有り難いことでしたし。
あと、ちっちゃい時、会社の工場見学があったんですね、その時に、先程話したカーボンインキの作られる行程を見てたんですけども、その時に、家と会社というものが分かれた感覚があまりなくて自分が居る世界が作っているものってこれなんだなっていうのが垣間見えて、今でもよく思い出しますよね、カーボン工場の見学をして何かしら影響を受けてるんだと思いますね。
朝岡:そうすると、帝国インキには大学卒業したてですぐ入社された?或いは、よくご家族の社長の系譜だと、一旦外の会社にお勤めになってから、また帰ってくるというケースがありますが、澤登さんの場合はどちらだったんですか?
澤登:私は大学を留年してまして(笑)、ちょっとまぁ大学で部活をやり過ぎたっていうので留年したんですけども、その後アメリカに3年半程行かされまして、学生として。
朝岡:ほぉー!お父様の命で?
澤登:そうです。彼も、大学卒業してからだったと思うんですけど、アメリカに行ってまして、シカゴに行ってたんですね。で、私もシカゴに行きまして、そこでまぁ3年半、学生としてダラダラと飲みながら暮らしてたという。
朝岡:普通の会社の社員としてじゃなく、学生として行って、まぁ向こうでいわゆる、留学という形でアメリカ社会を見て、空気を吸って、帰ってきた。お父様も何か考えさせるものがあったんでしょうね。
石田:やっぱりご自身がそのようにされたから、是非ということだっだんでしょうね。
澤登:どうですかね、彼は出張がちな人間で、結構海外に行くことが多くて、やっぱり海外に出て行かなければ仕事は面白くないだろう、広がりはないだろうということをきっと彼は考えていて、それで、「まぁ、おまえ行ってこいや」ということで行かしてくれたんだと思いますね。
朝岡:で、帰ってきて入社されたと?
澤登:そうですね。はい。
朝岡:そういう形ね!入社されて、そして社長に就任されたのは何年前ですか?
澤登:2年前の2015年です。
朝岡:あーそっか。社長に就任された時と今とで心の変化みたいなのは、やっぱりあるもんでしょうね?
澤登:あると言えばありますね。やってることを変えることまでは行けてないんですけども、それまでは、ひとつのもの、ひとつの問題ということに対して、そればかりを見てたんですけども、やっぱりAっていうことがあって、Bっていうことがあって、Cっていうことがあって、それぞれがこう繋がってって。
それでやっぱり我々の活動っていうのは出来てますし、お客さんにものを届けられるんだっていうことが見えてきて、じゃあ全体としてどういう風にしたらいいのかっていうことをより考えなきゃいけないなっていうのを思ってきました。
朝岡:そうですよね、色々、物事ってひとつにポンっていくんじゃなくって、繋がってたり、色んな意見があったり、それをまとめて結論、成果を出さなければいけませんからね。
澤登:ですから、やっぱり、会社なんで、時間であったり経営資源っていうのは限られてまして、全てをやろうとしても出来ないと思っています。
会長から昔言われましたのは、「何かを得たければ、何かを捨てろ」って言われまして、ですからやっぱり、今は、何かを会社として成し遂げる為に、まぁ色々会社としてやらなきゃいけないことがあるんですけども、その為にも何を捨てるべきかっていうのを判断して実際に決断していかなければいけないなって思うようになってます。
朝岡:それ、何か実感したことあります?あぁこれ捨てなきゃいけないんだ!って、実際この2年間で。
澤登:2年間というわけではないんですけども、今のところ私独身でして、だからそういう結婚生活とか私生活とか(笑)、それはありますね実際。
朝岡:それは、捨てちゃだめですよ!これから手に入れるかもしれないから!最初から捨ててたら一生独身じゃないですか!
澤登:それでもいいのかなって思ってて(笑)
一同:笑い
澤登:そういうこと言うと怒られるんですけども、ただ、やっぱりまだ社長業というか、いつになったらちゃんと出来るようになるかわからないんですけども、やっぱりまずそれをしっかりしなければっていうのはありますんで、やっぱりその個人的な部分っていうのは、ある程度捨てて…捨てるというか。
朝岡:抑えて?
澤登:そうですね。
朝岡:我慢するというか?ね、なるほど。
言魂 ~心に刻む言葉と想い~
心に刻む、言葉と想い、強い想いと信念が込められた言葉には魂が宿り、一人の人間の人生に大きな影響を与える…
石田:ところで、澤登さんが普段心に留めてらっしゃる言葉というのはございますか?
澤登:はい、先程お話しした「何かを得たければ、何かを捨てろ」ってのもそうですし、あとは、「他人の痛みを知れ」って、1回だけ父親に言われたことがありますね、会長に言われたことが。それは心に留めていることです。
あとは、あまり先代の会長は、こうものを語る人ではなくて、印象的に覚えてる姿があるんですね。先代の会長、まぁ私の祖父の家に遊びに行った時に、庭の木がすごいたくさんあるんですね、行くと必ず彼は庭の木の手入れをしてたんですね。で、今の会長からも「木は大事にしろ」とか、やたら口うるさく言われるんです。
中学・高校の時、何であんなのがって、何を言ってるんだこの人はって思ってたんですけど、実際、帝国、当社に入ってあちらこちらの拠点を見てみると木とか緑がたくさんあるんですね。
山梨工場には、畑もありますし、まぁ大根作ってお客さんにお配りしたりもしてるんですけども(笑)、だからそういうのを見てると、当社環境を大事にしようっていう活動もしてるんですけども、何かそういうのと結びついてくるんですよね。
単純にものを作って世の中に出していけばいいってことではなくて、やっぱり我々のいる環境・自然っていうのを大事にしながらやっていくっていうところ。ケミカルを扱ってるんで、尚更そういうのを大事にしなければならないっていうことで、やっぱりそこと結びついてくるので、先代が庭木をいじってた姿と会長からの「木を大事にしろ」と口うるさく言われたこと。
そして今、当社の中にそういった緑がいっぱいあることっていうのは、言葉ではないんですけど、姿として大事に焼き付いてることですね。
石田:他にもございますか?それはもう企業理念になるのかもしれませんけども。
澤登:そういう意味ではそうですね、今お話したこと以外ですとやっぱり「企業理念 信条 私達の誓い」ということが、私にとって大切な言葉ですね。
朝岡:まぁ、企業理念というとね、ちょっと固いイメージがあってね、何か御題目っていうようなことにとられ兼ねないんですけど、それがでもやっぱり大事なんだと今はお考えになってるようにね。
その大事さを感じるようになったってのは、社長になったあたりからですか?それともかなり前からそういうのは大事だなっていうのは?
澤登:私、当社に入って、1年ぐらい社内で研修して、研修と平行して中国の工場の立ち上げをやってこいってことで上海に送られたんですね。で、その時は、工場を立ち上げるってことで、土地を決めて、建築屋を選んで、まぁ建屋を建ててくっていう、そして機械設備を入れてくってことをやって、お客さんのところへ行って、工場できますからお使い下さいって。
ただ、その時に、単純に建物を作るとか、お客様を訪問するっていうだけではなくて、やっぱり、当社っていったい何伝えるためには、「企業理念、信条、私達の誓い」っていう、お客さんに対して仕事をやっていこう、お客さんに向かって仕事をしていこうって言うことが重要で。
それをお客さんに向けて、まあ足りないんですけど、行動していくと。そしたらお客さんも分かってくれるんですね、そのときにやっぱり「企業理念、信条、私達の誓い」っていうものが大事なものだなというのを、少しかもしれないですけど、実感することが出来ました。
朝岡:海外だと特にそれを感じるかもしれませんね、普通に日本語でコミュニケーションし辛いところがありますから、わかりやすいもので伝える、っていう意味ではね。
澤登:行動していく。そうですね、言葉で伝え、行動する、っていうところが大事でしたね。
朝岡:先代から澤登家になってから3代目ということですけど、先代から受け継がれているものとか、あるいは実際にこれ大事にしてね、っていうものは何かあったりしますか?
澤登:まだ会長が元気ですので、先代から彼に渡したものは彼のところで止まってますので、何があるのかっているのは、イマイチ分からないところはあります。ただ、一部分受け継いだもので、大事なものとしては、ものではないんですけども、当社の株式っていうのは大事だな、と思っています。
というのは、今回、当社に何があるのかなっていうことで、社内色々見てみたんです。
すると古い看板であったり、昔のものっていうのは色々あったんですけど、ただそれって、例えば、嫌なことですけど、火事だったりとかあれば消失してしまいますし、泥棒が入れば無くなってしまうものなので。
そういった物ではなくて、我々が受け継いでいるものは、帝国インキとしての精神というか伝統であったりというもので、それを受け継いでいくためには、当社は株式会社ですから、株式というものは、面々と継いでいくことが、当社の伝統を引き継ぐことだと、私は思っていますので、株式というものを今、あえて自分の大事なものとしています。
朝岡:それはやっぱり資本という意味でもね、その資本をきちっと経営のリーダーがある程度キープしているというのは、安定経営の意味でも大事なものかもしれませんね。
まだ2年ですからね、色々探るようなところもあったりしますけど、一日スタートさせるときに、これは験担ぎでやっているとか、そういうことは特にありますか?無いですか?
澤登:験担ぎは特にないんですけども、験担ぎしないことが、験担ぎかな、って。気にし出すと、ものすごく気にしそうな気がするので、あえて気にしないようにしていますね。
NEXT100 ~時代を超える術~
NEXT100年、時代を超える術。
革新を続け、100年先にも継承すべき核となるモノとは?
石田:最後にですね、次の100年に向けて、変えるべきもの、変えないもの、これからの御社にとってコアとなる部分を教えて頂けますか?
澤登:当社にとってコアとなるもの、それはやっぱり「企業理念、信条、私達の誓い」にある当社の精神だと思っています。
我々、帝国インキ製造株式会社と社名にあるとおり、インキというものを扱っているのですけど、それはたまたま当社の歴史の中でインキというものを、取り扱う製品、ということにしたわけでして、実際には我々、インキというものではなくて、何か世の中に彩りを与える、社内の言葉では色彩情報業というふうに言っているんですけれど、そういった色彩情報業として活動していこう、ってのを貼ってます。
ですから、「企業理念、信条、私達の誓い」と、色彩情報業というドメイン、って言うんですか、っていうのをぶらさずに、その中で活動していくのであるならば、インキでなくても、違った形のものでもいいのかな、と思っています。
逆を言えば、それだけは変えたくないというふうに思っています。
朝岡:色彩情報業っていうのも、なかなか新鮮な響きですよね。
澤登:なんだかよくわかんないな、っていうのもあるんですけども、やっぱり色によって伝えられるものってすごく多いと思うんですよね。
例えば、同じ文字を書くのにしても、単純に白だったり黒で表現するんではなくて、それにブルーだったり、レッドだったり、って言う色を足すことによって、感情ってたぶん入ってくるって思いますし、わかりやすくなってくるって言うのがあると思うんですね。
ですからそういった意味での、単純なる情報ではなくて、そこに色というものを足して、わかりやすい形だったり、世の中がちょっとでも良くなる、豊かになる、というような形で我々活動していきたいな、と思っています。
朝岡:浪漫の香りもしますよね、これからね。
確かにインキってね、パターンのインキではなくって、これだけの新しい世界に、100年で変わっているわけですからね、次の100年もまたどう変わるか、それもたぶん楽しみになさっているんじゃないかと思いますけどね。
澤登:もしかするとインキじゃないかもしれないですけどね。(笑)
澤登:今お話している「企業理念、信条、私達の誓い」それと色彩情報業という、我々のドメインは変えるなと。ただその中であるならば、世の中で求めていくものっていうのは変わりますから、その中でしっかり元気にやってくれよと、そういうふうに伝えたいですね。
帝国インキ製造株式会社 3代目、澤登 信成 (さわのぼり のぶなり)
色彩を通じて世の中に彩りを与えていきたい。
理念・信条・誓いを守り、変化を恐れず、社会に貢献し続けていきたい。
この想いは100年先の後継者達にも、時代を越えて、受け継がれていくだろう…。
最後に、文字Artist平井省伍(ひらい・しょうご)が、帝国インキ製造株式会社3代目、澤登 信成 (さわのぼり のぶなり)の言葉から感じ取った想い・メッセージを、書に綴る…。
「言行心色」(げんこうしんしょく)
「色の豊かさの価値」
言動・行動・心動 から、本当に求める色を具現化することが、豊かさと価値につながる。