美豆伎庵 金巻屋
1871年(明治4年)創業
お客様のニーズに合わせ、オーダーメイドする老舗和菓子舗
落雁を作るところから始めて144年。伝統の技と厳選された素材でお客様に最高のお菓子をお届けすることを信条に洋菓子と共に和菓子を提供していた時代を経て、現在は和菓子一本に絞ったスタイルを確立している。月替わりで店頭に並ぶ上生菓子5種類を含め、年間300種類ほどの和菓子が作られており来客者たちを楽しませている。また、「見て、触って、味わって、匂いを楽しんで。それからお菓子の名前を聞いく」という五感を働かせて味わうお菓子の楽しみ方を提供している。伝統と歴史を守りつつ、若者とのコラボ商品の製作や留学生の受け入れなど、時代に応じた新しい取り組みも積極的に行っている。
金巻屋の歴史
1871年 (明治4年) |
初代 初蔵が26歳で現在の場所で創業 |
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1908年 (明治41年) |
新潟大火で店舗、工場全焼 |
1922年 (大正11年) |
信濃川の増水による水害を無くすために造られた大河津分水の完成祝菓子を納める 1ヶ月間店を閉め、マシュマロに似たお菓子を製造 |
1933年 (昭和8年) |
2代目が新潟県菓子工業組合の理事長の時に全国菓子大博覧会を新潟に誘致する |
1953年 (昭和28年) |
3代目が戦後店を再開。当時甘ければよく売れた時代にあえて甘味を抑えた焼菓子「残月」「羅生門」を発売し、大好評を得る。百貨店、スーパーにも積極的に出店 |
1985年 (昭和60年) |
4代目が店舗を数奇屋風に改装して「美豆伎庵」(みずきあん)と命名 お茶の和菓子や異業種とのコラボ菓子など地域に密着したお菓子作りを手がける |
公式ホームページはこちら
代表紹介
代表取締役社長
4代目 金巻 栄作(かねまき えいさく)
日本大学商学部を卒業
- 大学卒業後、滋賀県大津市「叶 匠寿庵」で4年間の修行
- その後新潟に戻り、家業を手伝う
- 翌年に店舗を改装して数奇屋風にし、「美豆伎庵 金巻屋」と命名新潟総鎮守白山神社の門前町の現代和風茶屋を目指す
Another Story
「美味(うま)し小豆のなせる技」 老舗和菓子店 美豆伎庵(みずきあん) 金巻屋
日本人に生まれて良かった…。一杯のお茶と和菓子を口にした瞬間にそう思う人は少なくないだろう。「茶菓子」と呼ばれるように、お茶と和菓子がいつも一緒に登場するのは、菓子の甘みと茶の渋みのバランスが絶妙であるがゆえ。茶席では、濃茶には生菓子(餅、羊羹、饅頭、練り切りなど)が、薄茶には干菓子(煎餅、落雁、金平糖など)が振舞われる。遡ること室町時代…