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ダイヤモンド社 〜独自のコンテンツで経済社会に貢献する

オープニング・創業の精神 ~家訓や理念誕生の経緯~


石田:本日のゲストは、株式会社ダイヤモンド社代表取締役社長石田哲哉さんです。よろしくお願い致します。

朝岡:ようこそ。ダイヤモンド社というと経済の雑誌、あるいは本というイメージがとても強いんですが、改めて事業の内容をお教え頂けますか?

石田:はい。経済、ビジネスに関わる雑誌の刊行、それと経済、ビジネスから少し広げた自己啓発ですとか、ライフスタイル系の書籍の刊行。その二つを軸として、広告ビジネスや人材教育のビジネスのような法人に対するサポートサポートみたいなものも事業としておこなっております。

石田:こちらにはダイヤモンド社さんの書籍が並んでおりますが、社長からご説明頂けますか?

石田:一番メインになるのが週刊ダイヤモンド。これはもう創刊から100年経っています。ビジネス誌書店売上ナンバーワンという私達の主力商品になります。

それからダイヤモンドZAiというマネー誌があります。これはマネー誌のシェアではナンバーワンになります。

それと、ダイヤモンドハーバードビジネスという、アメリカのダイヤモンドビジネスレビューと提携して、もう40年くらい関係があるんですけど、経営雑誌ではナンバーワンといわれている雑誌を刊行しています。

加えて書籍が、先ほど申し上げたような様々なタイプがあるんですけども、主立ったものでいうと、もしドラで有名な「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを呼んだら」、それから「嫌われる勇気」、「ロスジェネの逆襲」、「マネジメント・エッセンシャル版」これはドラッカーの著作ですね、等々100万部以上突破しているミリオンセラーがこのあたりなんですけど。こういった書籍を中心に事業を展開しています。

朝岡:そうですか。大きい本屋さんにいくと雑誌売り場があって、いろんな雑誌があるけど、この赤帯の週刊ダイヤモンドはすぐ目につくよね。

石田:目に飛び込んできますよね。

朝岡:ダイヤモンドという名前は宝石のダイヤモンドと関係があるんですか?

石田:創業時に「小さくても光る」という、この会社は創業者が本当に小さなベンチャーで始めたんですが、小さくとも経済界にしっかり足跡を残したいという意味でダイヤモンドという名前がついています。

もう一つ、私達の会社の社章が、菱形が4つなんです。これはそろばんの玉なんですけど、それは数字で全部を語れという意味でそろばんの玉を社章にし、会社の由来になっているんですけど、そろばんの玉を横から見るとダイヤモンドの形に見えるので、それもかけているんだと思います。

朝岡:あと、経済関係じゃないけど、旅の時に持っていく「地球の歩き方」、私も大好きですけど、あれもダイヤモンド社?

石田:ダイヤモンド社が発売していますが、編集は別の子会社でやっています。ですがあれも私達のブランドを大きくアピールしている、長いこと旅行関係の本ではナンバーワンブランドを築かせて頂いてます。

石田:そして「嫌われる勇気」はまさに今ドラマ化されてオンエアされていますよね。

石田:ミリオンセラーになった後もずっと売れ続けていて、かつ韓国でも人気を博してしている書籍になっています。韓国語に翻訳されて向こうでは日本以上の売れ行きを示している状況です。

朝岡:でも100年をこえると言いますけど、今でこそダイヤモンドってこういう雑誌とか本を出してるなって思うけど、創業当時の週刊ダイヤモンドというのはどういうものを扱ってたのかなという興味があります。

石田:これが週刊ダイヤモンドの創刊号のレプリカなんですけど、この通りのものです。

朝岡:確かにそろばんがデザインされてる。

石田:ドンモヤイダじゃなくて右からダイヤモンド。

石田:後ろには三越呉服店さんが入り、こちらには三井、三菱の広告を入れさせて頂いてる。

朝岡:1913年ね。

石田:当初からビジネスを成り立たせながらジャーナリズムの活動をしていこうというのが創業者の意志で、わりと表紙に最初から広告を入れていたというのは目立っていたみたいですね。

朝岡:内容的には経済関連の。これ見ると論文集みたいな雰囲気がある。字しか無いもん。

石田:当時まだビジュアルは全然対応できてなかったんだと思います。

朝岡:だけど基本的な内容は創刊時から同じ経済ものという形ですか?

石田:そうです。とはいえ当初は経済界の出来事の全てを、数字をもって語らせるんだと。数字をベースに全てを語れというのが創業者の理念としてありましたので、数字をもって企業の分析をすると。噂だとか出来事だけを追っかけていくのではなくて、裏付けとなる数字を全て説明するという、分析することが主体でありました。

かつ当時の読者は銀行、株主、公社債の持ち主、それと商店経営社なので、すごくセグメントされたといいますか、絞られた読者だったですし、大正2年の創業なので、まだ資本主義経済の揺籃期といいますか、その頃に船出をした小さな出版社。経済界に少しでも足跡を残そうという野望といいますか、そういう想いで、31歳だったと思います。石山賢吉31歳の時に創刊した雑誌ですね。

朝岡:今は当然専門家が読む本じゃ成り立たないし。

石田:そうですね。100年の中でも色んなターニングポイントがありまして、大きいのは不況があったり戦争があったり色々あるんですけど、内容的なことで言いますと、高度成長期に向かう中で、1960年代、読者が変わってくると。つまりビジネスマンが凄く増えてくる時に、ダイヤモンド社の中でもどういう読者にどういう内容を提案していくべきなのかと。今まで通りでいいのかという議論がかなりあったようなんですね。

従来は投資家向けが多かったんですけども、ビジネスマンにとって役立つ企業の情報を増やしていこうだとか、高度成長期になって、海外の動向をレポートしていこうとかということに少しずつ幅を広げていったことがあります。

今は1990年代にもう一度大きなモデルチェンジをしまして、ビジネスマンのあらゆる関心に資する雑誌にしていこうということで。もちろん経済、経営、産業はメインに置くんですけど、少しライフスタイル系の、自己啓発的なテーマを追っかけたり。あるいは教育だとか健康だとか、そういうテーマに幅を広げて今日に至っているという状況ですね。

朝岡:やっぱり時代とともに扱う内容と読者層をきちっと整理しながら、大きく変わるときは変わってきたということですよね。

石田:こちらの週刊ダイヤモンドは地政学と書いてありますけども、このテーマが毎号違う中で、テーマによって売上は?

石田:大きく変わりますね。私が入社したのは30年くらい前になるんですけども、当時は月曜になると週刊ダイヤモンドを買おう、この曜日になったらこの週刊誌を買おうという習慣があったと思うんですね。今は号によって買う方が全部変わっているという状況であります。ですから特集のテーマを設定するのは編集長の非常に大きな仕事でもあるし、最も神経をすり減らせる作業かなと思います。

朝岡:さじ加減ひとつで随分変わってくるんでしょうね。

石田:とはいえ、ビジネス誌、経済誌という性格上、売れるものだけを追っかけるというわけにもいかなくて。ビジネスパーソンにとって必要なことが今何なのかということを各記者は業界担当を持って各業界に張り付いて取材をしていますので、その中から今このテーマを扱わなきゃいけないというものについては、売れ行きのことは気になりながらも、これは今やらなきゃいけないというものを出していく、そのバランス。

一冊の中でもニュース、レポート、特集というバランスもありますし、年間通しておよそ49冊出す中でも、どうしてもこの時期にやらなければいけないこと、今起きていることをレポートしなきゃいけない部分と、ある程度部数を取りにいかないといけない部分とのバランスを考えながらやっていますね。

朝岡:ビジネスという大きなくくりがあるから、あまりそこから違うとこ行っちゃうと、本が売れたって何のための本なんだかよくわかんなくなっちゃいますもんね。

石田:おっしゃる通りで。私達の読者は誰なんだろう、創業以来読者ターゲットを模索しながら。これは書籍もビジネスも同じなんですけど。読者は誰なんだろう、彼らは何を欲してるんだろうということを想像しながら。ただ、読者の興味が広がるにあわせてその幅はとらなきゃいけないんですけど、そのコアなところを見失うと、雑誌の方向感を見失うので、そこは非常に大事なところかなと思います。

石田:「創業の精神」ということで、ダイヤモンド社さんの創業の経緯を教えて頂けますか?

石田:大正2年、1913年に、当時31歳だった石山賢吉が仲間の支援を得ながら、お金も何の設備も無かったんですよね、経済雑誌ダイヤモンド社という会社を設立して、ダイヤモンドという雑誌を刊行しました。当時の資料を見ますと、創業の辞として、「本誌の主義は算盤の二字を以て尽きます。本誌は是とするも非とするも、全て算盤により、算盤を離れて何も無い。」つまり数字で全てを実証していく記事を本質とするという雑誌の創刊でした。

石田:家訓や理念というところも気になるんですけど。

石田:同時に「小さくても光る」というのが経営理念として当時掲げられておりまして。会社自体は今で言えば小さなベンチャーだったわけですけども、そんな中で大きな会社を相手にしていく。当時の大企業に対して果敢に取材を申し込み、数字で分析することによって、しっかり論陣をはっていく。つまり影響力を持っていきたい。小さくても経済社会の中でしっかりとした影響力を持っていきたいというのが当時の理念なんですね。

朝岡:数字で全てを説明する、新しいことに挑戦していこうということで始まったダイヤモンドですけど、今の社員とか現場の方にもその考え方は浸透されているというか、引き継がれていると考えて宜しいわけですよね?

石田:創業者の石山賢吉は非常にベンチャースピリットに富んでいて、新しいことをどんどんやっていく。その新しいことの基盤となるのは、ひとつは読者と向き合う。自分が見つめてる読者と向き合って、彼らが何を欲してるのか考えながらものをつくっていく。もうひとつはものづくりに徹底的にこだわる。いいものをつくりたい。そういう精神があったと思います。

それは100年の歴史を振り返ってみると、読者に向き合った結果、読者が求めているものが変わってくれば、コンテンツの中身を変える。それから商売が上手であることにこしたことはないんですが、まずものづくりを大切にしていこうと。商売と両立しながら良いものをつくっていこうと。そういう理念は現在に引き継がれていると思いますし、引き継がれていると信じたいですね。

なので、今現在の私たちの経営理念は「独自のコンテンツを提供することによって経済社会に貢献する」というシンプルな経営理念が隠れているんですけど。それは創業の理念から100年の歴史を経る中で、今私達が大事にしているのは、コンテンツの価値であり、それを経済社会の発展に役立てていく使命感であると考えています。

朝岡:「地政学」とかね、私の卒業校ですけど「三田会」みたいな、一見するとおおって思うようなタイトルとかテーマの選び方も創業の精神の一端と見ていいわけですよね。

石田:そうですね。特集テーマの選び方は非常に難しいと思うんですけど、今何を伝えなきゃいけないかという部分と、それをどう伝えなきゃというところには凄く気を配っていると思いますし、その事を創業の精神ではないですけど、事実をもって語らせると。何か根拠のない論陣をはるというものはそんなには世の中に無いと思いますけど。取材活動は非常に丁寧に、かつ労力をもってやってますね。

朝岡:最近はいわゆる自己啓発本を多く発行されてますが、発行されるということは世の中が求めているということなんですか?

石田:もともとダイヤモンド社の書籍はかなりラインナップが幅広いんですね。古くはピーター・ドラッカーやマイケル・ポーター、ジョン・ケネス・ガルブレイスのような経営学、経済学の古典があり、さらに最近では最先端の理論がある。一方で自己啓発書は実務書、経済小説。最近では健康ですとか、ファッションなどの女性実用などにも広げています。その中で自己啓発書が増えている理由は、やはりマーケットがそういう風に変化してきているからだと認識しています。

例えば私が会社に入った頃はビジネス書というと比較的年代が40代以上の人達が読むものと言われていました。当時まだ高度成長期が終わって、実力主義等々、企業の中で言われていましたけど、とはいえまだ年功序列的なものが凄く残っていたと思うんですね。ですので管理職になる年齢が大体40をこえたくらい。その40をこえた人たちに対して経営書をつくるというのが当時のひとつの作法だったと思うんですけど。今それがどんどん変わってきていて、若い人達が自分のキャリアとか能力を高めることにもの凄く意識が高くなっている。

なので本を読む、あるいはビジネス書的な本を読む人達がかなりマーケットが若い方に移動してきているということですかね。その人達が読むビジネス書というのはちょっと昔のスタイルと違っていて、今でいう自己啓発書、最近でいえば私達の中でいえば「やりぬく力」とかですね。ドラッカーにしても昔の理論書ではなくて、それをわかりやすく伝える「もしドラ」みたいな、若い人達に向けたビジネス書がおそらく自己啓発本という範疇なのかなと思いますけど。マーケットが変化していることかなと。

朝岡:そのパッケージの作り方がダイヤモンド社はうまいなって気がしますね。

石田:ありがとうございます。ここは編集者、営業サイド、宣伝部がタッグを組んでつくってますね。つまり読者が今何を求めていて、どう動いているかということを、データを集め情報交換し、書店を歩き、書店さんの意見を聞きということで。タイトル、装丁、あるいは本文のデザインに至るまで、いかに伝えていくか。あるいはどんなテーマが望まれているかを社内で非常にフランクに話し合っていますね。

石田:SNSで人の興味を見たりとか、そういうこともされるんですか?

石田:マーケティングを担当しているマネージャー達は、もちろん書店さんの感触も非常に大事にしてますけど、同時にヤフーやgoogleのリアルタイム検索ですとか、SNSで何が反応しているかということをかなり幅広く分析していますし、量的にもデータを集めて、その後のアクションが早いですね。

自分の会社のことを褒めるのは気が引けますが、手前味噌ですけど、アクションがすごい早い。データを見ながら次の仕掛けをしていく。それは編集者に対するフィードバックもそうですし、宣伝や営業活動に対するフィードバックも非常に迅速におこなっていると。

決断 ~ターニングポイント~

石田:続いては「決断」〜ターニングポイント〜」ということで、会社やご自身にとってのターニングポイントを伺えますか?

石田:創業者の石山賢吉の人生はまさに波瀾万丈で、ターニングポイントの連続のような感じなんですけど、ひとつ挙げるとすれば、東京の空襲。1945年の空襲で社屋が全部焼け落ちてしまったんですね。そこがひとつのターニングポイントかなと考えていて。彼の言葉で言うと、「空襲で我が社が丸焼けになった。焼け跡をただ呆然と見つめるしかなかった。」という記録が残っています。

当時関係のあった秋田に少し機材を送っていた関係があって、彼は一瞬、このまま社員を連れて秋田に移動して、細々と作業を続けようかなと思ったらしいんです。ところがずっと焼け落ちた本社を見ているうちに、日本が負けてどうなったとしても、東京は消えてなくならないだろうと。この都市は保存されると決意して、ここで作業を続けようと秋田から機材を東京に戻してゼロからの再出発。

その時にもちろん彼がそれまで付き合ってきた経済界、政界の人達からの援助もありましたし、逆に経営者仲間を自分のオフィスで援助してあげる。自分のオフィスの一部を貸してあげるとかという助け合いの中でダイヤモンド社は再興を果たしていったというのはひとつの大きなターニングポイントかなと思います。

朝岡:ご自身のターニングポイントはどうですか?入社なさった1986年というのはいわゆるバブル景気に向かっていく時代ですよね?

石田:そうでした。バブルに向かい、バブル崩壊を経験する世代ですね。当時は私はあの会社のキャリアにしては珍しく、色んな仕事を経験する部署にいたんですね。雑誌もあり書籍もあり、法人向けのビジネスもあり、セミナーもありというところがあったんですけど。ハーバードビジネスレビューというのがその舞台にあって。当時は一旦寿命の尽きた媒体だったんですね。

それを編集長に直訴して、特集を一回やらせてくださいと。一回特集をやって勝負したいんですという話をして。編集長は受けてくれて、「リエンジニアリング」というタイトルの、当時アメリカで話題になっていたテーマだったんですけど。それを日本の著者や海外の翻訳を組み合わせて特集にして、当時としては凄く売れた。雑誌が重版されたのはおそらくそれまでほとんどダイヤモンド社の中では無かったと思うんですけど。それでハーバードビジネスレビューの日本版の編集部が独立してひとつの編集部になるきっかけとなったということがありまして。そこがひとつのターニングポイントだったと思います

その後私はそこの編集長をやるんですけど。引き続きダイヤモンドハーバードビジネスレビューの編集長をしながら、当時はバブルに向かうこともあって、色んな話がくるんですね。ベンチャー企業2社から一緒にジョイントベンチャーをつくらないかという話があって。私は編集長をしながらジョイントベンチャーの起ち上げに参画するということがありました。

つまりこちらでは出版社とはいえサラリーマンなんですけど、ベンチャー経営者と一緒に会社を運営するという仕事を経験して。それは非常に勉強になったし辛かったですね。

朝岡:辛かったというのは、会社を動かすのは大変だなという?

石田:そうですね。編集者と経営者という関係でお話を聞いてまとめる。あるいは取材をもとに何か書くという関係ではなくて、一緒に会社を運営していく。応分の責任とか、全て数字で意思決定していくとか、新鮮ではあったんですけど、非常に厳しいですね。社内の編集会議とは別の緊張感のある会議で、発言したことは全うしないといけない。会社に戻って自分の部員たちにアサインして全うしないといけないということ。それからすべてを数字ではかっていくということの緊張感はそれまでになかったことなので、それは凄く勉強になりましたね。

朝岡:そこが今の立場になっていく大きな核になったと思いますか?

石田:自分ではわからないですけど、若い頃にああいう経験が出来たのは有意義だったと思いますね。

朝岡:記者時代は沢山の企業、経営者を取材なさったと思うんですけど、それが今のご自分に活かされてる部分はありますか?

石田:当然取材させて頂く経営者の方達は皆さん実績や人格や深い考え方で尊敬できる方ばかりでした。彼らの発言は沢山残っているものもあります。

例えば同じ会合で、ある経営者の方は「石田君、経営者というのは、14勝1敗よりも、8勝7休みの方が良いんだ。」つまり1敗で会社は潰れるんだと。負ける試合はしちゃいけない、だったら休んだ方がいいんだと。同じ会話で反対のことを言う経営者がいる。「石田君、世の中勝ちばっかりじゃないんだから、8勝7敗でいいんだ」と。

つまり負けもないと世の中はついてこないんだと。禅問答みたいなことを言われたり。あるいはスポーツって技量に優れた人が勝つんですけど、経営っていうのは勝つまでやった人が勝つんだなと、特にベンチャーの経営者を見てると思いました。必ずしも優秀さとか、頭の良さではなくて、勝つまでやる人が勝つんだなとか、そういうことは残ってます。

もうひとつお答えしたいのは、そういう立派な経営者の方達とお知り合いになれて、お話を聞いて勉強させて頂いたことを思い出す一方、今この立場になると、若い頃経営雑誌とか経済誌とかで取材に行って、わかったようなこと言ってたなと。本で読んだような理論をぶつけて「こうすべきじゃないですか?」とか、「御社この先どうするんですか?」とよく偉そうに質問してたなと。この立場になると、そうそう理屈では割り切れないこともいっぱいあるのに、随分わかったような質問したなと。よく経営者の方達は辛抱して聞いてくれてたなと思いますね。

朝岡:石田社長が日本の中でおそらく一番他の会社や経営者のエッセンスを身につけてるというか、財産をお持ちの社長だと思いますけど、いかがですか?

石田:そこまではないです。とてもそんなことは言えないです。耳学問で聞いたことは沢山あった。ただ実践は別の難しさがあるんだなと、駆け出しの経営者ですが、そう思います。理論と実践、理屈の世界と実践は距離があるし、そこをもっと埋める編集者であるべきだったし、記者であるべきだったなという反省はありますね。

言魂 ~心に刻む言葉と想い~

石田:続いては「言魂」ということで、幼いころ先代や祖父母から言われた印象的な言葉、そこに隠された想いを伺いたいと思います。石田さんはどなたかに言われて印象的だった言葉はありますか?

石田:4代前の社長から「事実が一番重い」と言われたことが印象に残っています。おそらく経済報道のある局面で何かコンフリクトがあったんだと思うんですけど、その時に「とにかく事実が一番重いんだ」と繰り返し言われたことを覚えています。ジャーナリストとしては当たり前の話。

彼はジャーナリストとしてキャリアを積んでった人なので。その時私自身はジャーナリズムとしてもそうだし、その後ビジネスをおこなう上でも、マーケットを見るだとか、世の中で起きてること、あるいは自分の仕事において何がファクトなのかということを大事にしていかなきゃいけないなと繰り返し思います。

今日においても人間というのは見たい事実を見たがる部分があるので。こうあって欲しいとかこうあるべきだという事実を見たがるので。事実って何なんですか、お客さんって誰なんですか、今何考えてますか、お客さんがどう動いていますかとか、そういうマーケットの味方が中心になると思うんですが、ファクトが重いということを繰り返し自問自答しながらですね。

朝岡:100年をこえる歴史をお持ちなので、実際に石田さんが聞いた言葉以外にも、歴代の社長とか、そういう方々の言葉で心に残っているものがあれば伺いたいのですが。

石田:過去を振り返ると創業の理念に突き当たるんですけども、ファクトを一番表しているのは数字なんだということがダイヤモンド社の原点にあるとすれば、事実を大事にする、その事実を表してるのは数字なんだと。最終的にものを伝えるのは主観が大事なんですけど、その前提として客観的に物事をとらえる目というのを持っていないと、意思決定が歪んでくる。あるいは伝える中身が歪みかねない。そこを自戒しないといけないなというのが一つあります。

もう一つは先代の社長に言われた「この会社には人はいると思う」という言葉で。それは今から12,13年前なんですけど、うちの会社の業績が非常に厳しくて。その厳しいタイミングで先代の社長が社長に就任すると。つまり会社の立て直しを使命として就任されたわけなんですけど。その彼は10年かけて立て直すんですね。

私が3年ほど前に総合企画室という経営企画を見る部署にいた時に、過去の業績をレビューすることがあって。その社長と一対一でレビューしている時に、「十数年前、財務的にひどい数字の時に、よくこの会社を立て直そうと思いましたね。何を根拠にこの会社を立て直せると思ったんですか?」と訪ねた時にしばらく考えて「この会社には人はいると思ったんだよな」とおっしゃられて。それが深く私の心の中に残っていて。

人が会社を立て直していくんだと。人を信頼すること、人を大事にすることで会社って生き返っていくんだということを凄く実感した。その部分に関しては大事にしていきたいなという風に思います。

石田:その人材を育てるために取り組まれていることは?

石田:私が取り組んでいることはそんなに大きいことではなくて、現場が仕事をしやすい形をどうつくっていくかということと、現場になるべく任せていくことかなと思ってます。今現場が第一の会社であると思いますし、そうあるべきかなと思います。

朝岡:そうはおっしゃっても、社長というのは上から全部見えますからね、ご自身も生え抜きの社員としてやってきた経験があると。そんな時、ちょっと言いたいなとか。

石田:ありますね。

朝岡:ね?それをどう我慢するかが大事なポイントのような気がしますが、どうですか?

石田:実際には担当役員になった頃から現場には口出してないですね。特にものづくりの現場には口は出してないです。ビジネスの形を整えるとか、部門間の調整をするとか、あるいは人事的な施策を展開するということについての仕事はしていますが、コンテンツそのものに口を出すことはほとんど無いですね。

全て読んでますよ。ライバル社のものも含めて関連するものは読んでるんですけど、ものづくりの現場に口を出すことはないね。そこはなぜかな、自戒してるんですかね。口を出すべきではないと思ってるんですね

朝岡:素晴らしいですね。

石田:素晴らしくはないです。

朝岡:ものづくりってなかなか難しい時がありますよ。石田さんは昔から心がけてらっしゃるというのがとても素晴らしいと思いました。

石田:会社の文化として根付いてると思います。石山賢吉自身が生涯一記者みたいな人だったんですよ。自分は記者として書いてく。それはそれで良いんですけど。私が編集長の時も経営者が力で何かを要求してくる事は無かったですし、自分が編集長の時に何か違う要因で強制されることがあるのはほとんど無かったですけど、もしあれば不快だと思うので、ものをつくる力を阻害すると思うので。口は出してないと思います。

NEXT100 ~時代を超える術~

石田:最後に次の100年に向けて変えるべきもの、または変えないもの、会社にとってコアになる部分を教えていただけますか?

石田:特別な技術や特許のようなものに守られた会社ではないので、100年続いてきたということはひとえに人に尽きると思うんですね。変えないものに関しては読者と向き合う姿勢、事実によって物事を語る理念、ものづくりに対するこだわりというあたりが、これからも続けていかないといけないだろうなと思います。

100年これが続いてきたのは奇跡に近いと感じる時もあります。

朝岡:出版業界はここのところ逆風というか、若い人が活字を読まない時代に入ってきていると言われていますが、これから紙媒体というのはどうなると思います?電子書籍やネットにシフトするお考えもあるんですか?

石田:もちろんそこはありますね。ただ世の中が複雑になればなるほどコンテンツは求められると思うんですね。色んなタイプのコンテンツが求められていて。私達はビジネスをひとつのドメインにしていますけど、冒頭申し上げたように、かなりコンテンツのタイプは広げている、ウィングを広げている状況です。

お客様、読者のニーズに沿ってコンテンツを広げていく。求められてるし、実際、旧来型のメディアに触れる機会が減っていたとしても、スマホだとかタブレットを通じて、あるいはSNSのような形で、広くコンテンツに触れる時間はむしろ増えているのかなと思うんですね。となると私達が今の形で書籍、雑誌、WEBにその記事を転載するという形から、お客様の変化にあわせてどうコンテンツをアレンジしていくか、あるいは適応させていくかということが大事かなと思っています。

環境はおっしゃるように厳しくて、紙媒体、特に雑誌は減少傾向にある。これは確かなんですけども。お客様がコンテンツを欲してないかというと決してそうではない。むしろその変化をどう見極めていって、リーチしていくか、提供していくかということが大事なのかなと思います。

朝岡:紙媒体ということに絞るとダイヤモンド社だけではなくて、実際お客様に触れる場所である本屋さんとか、そういったところとの連携とか、どうお互い生きていこうかというポイントも大事になってくるかと思いますが。

石田:その通りですね。書店さんの数自体は減少傾向にありますが、日本の都市の状況を地方も含めて見た時に、ひょっとしたら書店さんの役割、機能自体も変わってくるのかもしれない。その時に出版社としてどういう協力ができるのか。データ共有もそうですし、書店さんの機能の変化にあわせてコンテンツを変えていく。

具体的な話にはならないですが、書店さんとのコミュニケーションを密にしながら、読者の方にものを買っていただく場所のプロデュースの仕方が変わってくるのかなという気がしていて。その時に私達が掴んでる読者の特性とか情報を共有しながらご協力できたらいいなと思いますね。その事とデジタル、WEBは食い合う話ではなくて、共存していく、補完していく関係にあるのではないかと今は考えております。

石田:出版業界が今後大きく変わると思われますが、その中でダイヤモンド社のコアの部分を教えて頂けますか?

石田:原点に戻ることになりますが、やはり創業者の理念である「数字で全てを語らせる」ということ。それからその後私達が経営理念として掲げた「コンテンツの独自性」。自分たちならではのコンテンツをどうつくっていくのか。それを事実によって語らしめるということ。その結果として経済社会の発展に寄与していく。

それは読者にとってのベネフィットは何なのかということ、読者と向き合うという作業を丁寧に辛抱強くやっていくことに尽きるのかなと思います。

朝岡:近い将来の出版業界の予測だけでも難しいんですけど、あえて聞きます、100年後に後継者という方がいたとして、その方に向かって今言いたいことはありますか?

石田:「歴史に引きずられるな」って言うと思いますね。100年後で言えば200年ですよね。今の瞬間を良く見なさい過去の遺産に引きずられるなと言うと思います。

朝岡:そのときはダイヤモンド社は200年の歴史があるわけですもんね。

石田:大事なものは受け継がれているはずですので、その段階で。だから過去の歴史に拘泥するな。過去の慣習とか、文脈に拘泥するな。その瞬間にとってベストなものを選択しろって言うと思います。

朝岡:石田さんに質問するでしょう?間があるんですよ。石田ポーズと呼びたいですけど。この間で何をお話になるかという。それでまた出てくる言葉に説得力がある。喋ったら消しゴム効かないですもんね。

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