株式会社 桝屋
1907年(明治40年)創業

多様な業種展開で地域に密着した商売を続けて110年

1958年西多摩初のスーパーマーケット「マルフジフードセンター」1号店を福生駅前に開店以後、

時代の変化に対応しながら、総合生活産業として、地域密着で日々の暮らしに必要な商品の販売とサービスを行い

お客様に満足と信頼を提供し、地域社会に貢献する企業。

代表紹介

代表取締役社長
8代目 加藤 勤(かとう つとむ)

私立武蔵高校、東京大学法学部 卒業後
前職、㈱NTTデータを経て

1997年(平成9年)株式会社桝屋へ入社。
2015年(平成27年)より代表取締役社長に就任。

桝屋の歴史

1907年(明治40年)
加藤市蔵が「合資会社 桝屋商会」を創業
1933年(昭和8年)
加藤孫一が三代目市蔵を襲名し、合資会社桝屋商会の経営を引き継ぐ
1947年(昭和22年)
「株式会社 桝屋」に社名変更
1958年(昭和33年)
株式会社丸藤フードセンターを設立。西多摩初のスーパーマーケット1号店を福生駅前に開店
1977年(昭和52年)
郊外型ショッピングセンター『プラザ5』(千ヶ瀬)開設
1979年(昭和54年)
フジフーズ株式会社設立
2001年(平成13年)
株式会社エムエムシー設立(現 株式会社ブックスタマ)
2007年(平成19年)
桝屋創立100周年
2015年(平成27年)
株式会社桝屋、加藤和夫が退任し加藤勤が代表取締役に就任
企業情報:
株式会社 桝屋 / 東京都西多摩郡瑞穂町箱根ヶ崎東松原8-7 / 042-568-1281
公式ホームページ:
http://www.masuya-group.co.jp/

桝屋の「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

桝で測ったような正確な、嘘偽りのない正直な経営

桝屋が会社組織になる前の「桝屋商会」の始まりは玉川上水で行われた船運事業であった。


その後、米・油・粉の卸に事業を変化、戦後事業の安定・多角化を進めた、
中興の祖である3代目加藤市蔵。

加藤市蔵が残した「考え方」という文書。

そこに込められ伝えられてきた、創業者の大切な想いとは…

「決断」~ターニングポイント~

家族の団結により乗り越えた危機

4代目にあたる加藤裕一氏が在任中48歳という若さで急死してしまった。

家中が大騒ぎになった時、この危機を乗り越えたのは、
一族の中でも大勢いた若いメンバーたちによる一致団結であった。


実際にどのように乗り越えたのか?!

また、勤氏自身のターニングポイントにも迫る。

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

受け継いだ事業だからこそ心に留める言葉

好きから始まった中国語習得。

勤氏が胸に刻む言葉も中国語の「吃水不忘挖井人」という言葉だという。


先人たちの努力の背中を見てきているからこそ響く言葉、言霊を聴く。

「貢献」~地域、業界との絆~

ネットを結び、大きな力に対抗していく

小さいスーパーが集まってできた「CGC」という組織。

40年近く取り組んできた、このボランティア団体は
大手スーパーに対抗する大きな力となった。


今では全国に広がり3兆円の規模になるという組織、その取り組みに迫る!

「伝燈」~受け継がれる伝統~

地域と一緒に桝屋の歴史を辿る

創業100年を記念して作られた桝屋沿革の本。

そこに浮かび上がるのは桝屋の歴史と地域との繋がり。

お客様と共に桝屋は100年を越えてきた。

「NEXT100」~時代を超える術~

西多摩地区の経済を支え、より魅力ある場所へ!

これまでの100年を見て、卸売業から食品スーパー、
不動産事業へと大きな変化をし続けてきた桝屋。

新規事業を始める中にも、
中核となる西多摩地区への想いは揺るがないという。


そんな、地域への密着に徹底した桝屋のNEXT100とは!