株式会社 梅林堂
1864年(元治元年)創業

一業専心を貫き150余年。人と人の心を繋ぎ、豊かな時間を提供する老舗和洋菓子店

埼玉・熊谷の地で連綿とお菓子を作り続けて150余年。
「笑顔を運ぶ不思議な力」と「心を癒すやさしさ」をもつ和菓子・洋菓子の製造販売業を営み
時代の流れと共に移り変わるお菓子の価値観やスタイルを臨機応変に追求し続けている。
素材の選別や、お菓子作りの技術や技能を磨き、徹底的なこだわり、創意工夫を加えながら
「たくさんのお客様に喜んでいただきたい」という想いのもと、個性的で豊かな味わいのお菓子を今日まで育み続ける。

代表紹介

代表取締役社長
6代目 栗原 良太(くりばら りょうた)

慶應義塾大学卒業

1981年 株式会社梅林堂入社
1993年 6代目代表取締役社長に就任

梅林堂の歴史

1864年(元治元年)
京都で和菓子の修業を終えた久兵衛が現在の熊谷市石原で、旅人や近隣住民を相手に菓子の製造販売を始める
1890年(明治23年)
初代、久兵衛が商売を軌道に乗せて隠居。経営の全権を2代目当主を寅吉に譲る
1921年(大正10年)
販路を広げ事業規模を拡大させた2代目、寅吉が引退。後を3代目の徳太郎に任せる
1925年(大正14年)
3代目、徳太郎が47歳の働き盛りで急逝。2代目、寅吉が4代目、利一郎の後見役となる
1927年(昭和2年)
12代目、寅吉が69歳で死去。4代目、利一郎が家業を引き継ぐ
1945年(昭和20年)
8月の熊谷大空襲で創業地の自宅から工場まで焼かれ、休業に追い込まれる
1952年(昭和27年)
株式会社として法人化
1958年(昭和33年)
熊谷市内中心部の本町に初めて出店する
1965年(昭和40年)
4代目、利一郎死去。享年64歳。5代目、儀一が社長に就任し、深谷店の出店を機に多店舗展開に乗り出す
1993年(平成5年)
儀一、社長職を6代目良太に譲り隠居
1995年(平成7年)
この年、桶川店・上尾店・伊勢崎店を一挙にオープンさせ、出店攻勢をさらに強める
2014年(平成26年)
本社兼工場を熊谷市佐谷田に移転
企業情報:
株式会社 梅林堂 / 埼玉県熊谷市佐谷田1000-1 /  0120-889-449
公式ホームページ:
https://www.bairindo.co.jp/

梅林堂の「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

お客様に喜んでもらうお菓子を作り続ける

お菓子は人々にとって、生きていくために必要不可欠ではない。
しかし、効用は非常に不思議なものがあると6代目栗原氏は語る。

先人たちの想いを汲み、
お客様に喜んで頂くことを大切にする梅林堂の創業の精神に迫る。

「決断」~ターニングポイント~

地域とのつながりの深さが生む復活劇

6代目栗原氏が梅林堂の時代を繋ぐとき
決して順風満帆とはいえるようなスタートではなかった。

混乱の中でも、人を大切にし、正しい商売を続けた
梅林堂のターニングポイントとは?!

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

人の役に立たない男は、男じゃない

母親から受け取った言霊。
母の言葉に隠された想いは
青春時代の栗原氏自身への問いへと繋がり
やがて、自分の存在意義・意味・価値を生むことへ辿り着くこととなった・・・

「貢献」~地域、業界との絆~

熊谷市で立ち上げた
‟東日本大震災自立支援ネットワーク”

東日本大震災の発生後、「困っている方を何とかしたい」
そう強く想った栗原氏。

その想いは梅林堂を訪れる人々だけにとどまらず
熊谷に災害支援のネットワークを立ち上げるまでとなった。

この活動を通して生まれた考え方は
宝だと栗原氏は語る。

「NEXT100」~時代を超える術~

どれだけの努力が出来るのか
それをどれだけ積み重ねられるか

人には得手不得手なことがある中で、
栗原氏が重要視するのは「生き方」。

時代が進み、変化が訪れる中で次代へ届けたい想い
梅林堂のNEXT100に迫る!