Story ~長寿企業の知恵~ 「 決断 」
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株式会社 トーダン
決断 ~ターニングポイント~

ナレーション

続いてのテーマは、決断・ターニングポイント。まずはトーダンにとっての転機を紐解く上で、先代達の決断の裏に隠された想いに迫る!

強口:

昭和の頃、私の父が社長をやっている時に、会社が二度ほど潰れそうになった時がありました。一つは信用不安が出てしまい、多くの取引先が商品を納入しないとか、材料を仕入れることが出来ないという苦しい思いをしました。しかし、私の父の誠実な仕事ぶりを見て、応援してくださる方が出て、首の皮が一枚繋がったということがあります。

もう一つは、カレンダーと言う仕事をしていると、資金が変則的に動きます。資金繰りがショートすると多くの金融機関が手を引く中で、ある信用金庫が、「あなたは凄く一生懸命やってたから信用して貸すよ!」と言っていただき。資金が繋がり、難を逃れたことがありました。その信用金庫さんはいつまでも大事にしようということで、今でも大切にお取引させて頂いています。

ナレーション

続いては、トーダンの5代目強口邦雄とってのターニングポイントに迫る。

石田:

ご自身のターニングポイントはありますか。

強口:

私がこの会社に入ったときは、従業員30名程度の零細企業でした。カレンダー業界の過当競争が激しく、いいアイデアの商品を出してもすぐに類似品が出てきてしまい。価格競争になる。なかなか収益構造が安定しない。その中で、価格競争に巻き込まれないような商品を出したいと思案しました。

ブランドであれば買いたたかれる事はないと考え、大手企業さん、有名アーティストさん、デザイナーさんにお願いに行ったけど、「従業員は何人ですか?売上はいくらですか?検討しておきます」その後なしのつぶて。誰にも真剣に聞いていただけなかった。

その中でたまたま、アメリカのプレイボーイ社がアメリカで名入れカレンダーのライセンスを持っているという情報を入手し、日本で許可が頂けないかと手紙を出そうと思いました。

ただ、コネも何もないので、銀座の洋書屋さんに行って雑誌を買ってきて、裏に住所書いてあるので、その住所宛にタイプライターを打って手紙を出しました。4ヶ月後くらいに、返事が来ました。当時はメールもなく手紙のやり取りに2~3週間はかかる時代でした。2年以上かかりようやく許可を頂きました。

その時「社員何人か?売上いくらか?」とは全く聞かれなかった。「どんな事をやりたいのか?どうしてやりたいのか?」ばかり聞かれました。

最初は向こうから「アメリカ既存のものがあるから、それを日本で売ればいい」を言われたが、日本のマーケットに合わないとやり取りしたのを今でも鮮明に覚えています。その時アメリカ人は本当にやる気があれば認めてくれるんだろうと思いましたね。中小零細企業のトーダンがプレイボーイ社と正式に契約を結び、プレイボーイ社公認のカレンダーを売り出しました。この反響は大きかったですね。

石田:

この出来事から今に活かされていることはありますか。

強口:

アメリカでプレイボーイはエグゼクティブの間で読まれている雑誌だったんで、すごくステータスが高い。そこと契約しているということで、アメリカ大手出版社、有名アーティスト、有名美術館が次から次へと(商品を出すことに)オッケーしてくれました。

その実績から日本の企業も次々(商品を出すことに)オッケーしてくれました。そのおかげで、安定した経営ができるようになり、社員も会社自体もプライドを持つことが出来ました。零細企業だからと言って言い訳するのでなく、一生懸命情熱をもって事に当たれば、どこかに打開点が出てくると思います。