Story ~長寿企業の知恵~ 「 創業の精神 」
次のパート→

株式会社 新正堂
オープニング・創業の精神 ~家訓や理念誕生の経緯~

石田:

本日のゲストは、株式会社新正堂代表取締役社長渡辺仁久さんです。よろしくお願い致します。

朝岡:

ようこそ。新正堂さんは和菓子の会社、お店?

渡辺:

そうです。

朝岡:

かなり色々種類があるんですか?

渡辺:

店頭には20種類くらいです。季節によって変わりますけど。

朝岡:

今日お持ち頂いたものがオススメと考えて宜しいんですか?

渡辺:

これは力作でございまして、四十七士が全員揃っております。本煉、さくら、赤穂の塩、黒糖、抹茶と五種類の味で47人が揃っております。

朝岡:

中身は何なんですか?

渡辺:

羊羹です。

朝岡:

食べる前が楽しいですよ。

石田:

先ほど拝見したんですけど、一人一人のキャラクターがしっかり説明されてて。

渡辺:

あまり有名じゃない人もいますけど、そういう人も裏のQRコードを読んで頂くと、人と名前が出てきまして、泉岳寺の戒名まで出てくる。

朝岡:

これ開けちゃうのもったいないですよね。

渡辺:

うちお菓子屋なのに箱だけ売ってくれって、それだけは勘弁してくれって言うんですけど。

朝岡:

他にはオススメありますか?

渡辺:

これは後発でございまして、その前出たのが切腹最中というものでして、ちょうど浅野内匠頭がお預けになり切腹された田村右京大夫のお屋敷に当店がございまして、315年前くらいにうちの裏で浅野様が切腹なさったのでございます。

石田:

それが由来で。

朝岡:

社長というより講談師が来たみたいな出で立ちとお話の内容ですけど。お召しのものに田村町と書いてある?昔、住所変更の前は新橋の昔のNHKの放送会館がある側が田村町という交差点だった。

渡辺:

おっしゃる通り。昭和33年から。それまでは田村町1丁目から6丁目まであったのに、4丁目だけが残ってまして。

朝岡:

田村町というのは浅野内匠頭が切腹した場所?

渡辺:

はい。田村右京大夫のお屋敷でございまして、約二千坪あったんですね。その一角にお店があったんです。

石田:

ご主人は何代目ですか?

渡辺:

三代目でございます。四代目もいまして、結婚はしたんですが孫がまだ出来てなくて、五代目が早く欲しいなと思ってます。

朝岡:

お店のお写真を拝見すると和の雰囲気が店頭にも色濃く残ってますね。

渡辺:

幾何学模様は桜模様で、浅野内匠頭が切腹した時は桜が散った時だったので、それを表現しています。

石田:

その切腹最中をご用意頂きました。では早速頂きます。

朝岡:

この白いのは?

渡辺:

はちまきです。正直言ってあまり売れるとは思わなかったので、包装材に金かけちゃいけないと思って、子供の習字紙を巻いたのが始まりで、今はちょっと良い紙使ってますけど。

朝岡:

あんこが見えてて横になってるのが切腹?

渡辺:

思い切りバクッといってください。

石田:

では頂きます。ぎっしりとあんこが詰まってますね。あんこもつやつやですね。

渡辺:

ごめんね食べづらくて。

石田:

美味しいです。最中の皮がぱりっとしていて。

渡辺:

嬉しい。そこをわかってもらえて。その皮が大変なんです。最中の皮が上顎にくっ付いちゃうのが大嫌いだったんで、なんとかならないかと相談したら、餅米を良い米使うとこのようにパリッと。材料をケチっちゃいけませんね。

朝岡:

あんこの量が多いですね。

渡辺:

多いです。普通40gくらいですけど、うちのは62gあります。

石田:

甘過ぎないですし、牛皮がもちっとしていて美味しいです。

朝岡:

あんこが良い食感ですね。ちょっとかための。

渡辺:

そこです。なんでもやわらかければいいってもんじゃない。世の中やわらかいのって。やっぱ食感があるのが美味しいですよね。

朝岡:

食べ応えあり。切腹ってどうしてもイメージ的にはあまり良くないですけど、いつ切腹最中というネーミングに?

渡辺:

父がまだ生きてるときに具合が悪くなりまして、その時は豆大福が売れてたのでやんなくていいやって思ってたんですけど、闘病生活2年半の間にてめえのお菓子つくんなきゃいけないなと思い当たりまして。

「お前んちの大福うめえけど日持ちがしねえだろ?日持ちが良いのなんかつくんなよ」ってずっと言われてたのを思い出しまして。日持ちするのは最中だ、あ、うちの裏で浅野さんが切腹したなっていうので、一番最初に切腹最中と書いたんですけど、こんな名前のお菓子ダメだよなって思って、立志最中とか、春の名残最中とか、忠臣蔵最中とか色々書き始めるんですが、どうしても最初書いた切腹最中が頭から離れなくて、これでいくと言ったら母が泣いて反対しまして。

「和菓子というのはお見舞いとかお祝いに持っていくからこんな名前良くないわよ」「ここは浅野さんの切腹した場所なんだからこれが一番良いんだよ」でも2年くらい出させてもらえなかったですけどね。

石田:

私の知人が粗相をしたときに切腹最中を詫び状の代わりに持っていったと。

渡辺:

最近多くなってまいりました。最初のきっかけはバブルの時で、近くの証券会社の方が若い兄ちゃん連れてきまして。「てめえで腹切りませんがこれで腹切ってます」「でも火に油だからよしなよ」って言ったらその支店長が買っていっちゃったんですよね。でも一週間後に笑って許してくれたって言われて。お詫びのお菓子になるんだってその時初めて気がつきました。

朝岡:

確かに和菓子ってお詫びの時に持っていくケースも多いですからね。

渡辺:

大体とらやの羊羹で済ませますけどね。

朝岡:

ちなみに新正堂というお店の名前の由来は?

渡辺:

大正創業なので、新橋にある大正のお店で新正堂。じいさんが新次郎で、それもあってどうしても新をどうしてもつけたかったらしくて、新次郎の新と新橋の新に大正の正をくっつけて。


石田:

「創業の精神」ということで、新正堂さんの創業の経緯を教えて頂けますか?

渡辺:

うちのじいさんが岩手県の出身で、一旗あげようと大阪に行ったらしいんですね。でも華のお江戸でやった方が良いだろうということで出て来たのが新橋。ばあちゃんが日本橋小町という凄い美人だったと、私が見たときはただのばばあだったんですけど。

それで岩手県から15,6人の丁稚奉公も雇い入れまして。今でこそデリバリーは何でもありますが、アイスキャンディーをつくったりして。今はサッカリンなんて使っちゃいけませんが、サッカリンで凍らすのが大変で、麻布十番まで自転車で届けて販路を広げて売ったというのがじいさんの自慢だったようで。

朝岡:

大正のはじめでしょ?

渡辺:

だから凄いことをやっていたんです。凍らせることが出来なくて、技術を近所の大学教授に教えて頂いて、例えば塩を入れれば余計に凍るというようなことを細かく勉強して、ケースをつくって自転車のカゴに積んで、あれは凄かった。アイスキャンディー御殿ってじいさんは言ってたんですけど、一部だけ高級な家になっていました。

朝岡:

お客様のニーズにこたえる。工夫するのが好き。やってみるのが好きという。

渡辺:

なんでもやってみようと言うんですね。若いうちは動き回るのが一番、そのうちいい結果が出るだろう。やりもせず頭で考える前にやってみようという精神がじいさんにあったんで。私もとにかくやろう、失敗したら後でごめんねって言えばいいかなと思っています。

朝岡:

まさにおじいさま譲りの創業の精神ですね。

石田:

初代の方が成功されて、その後はどのように?

渡辺:

2代目の父が弁護士になりたかったようで、えらい勉強して中央大学の法学部受かったんですけど、受かって卒業する時にじいさんが亡くなってしまいまして、渋々継いだようです。

かたい親父だったんで、人のマネをして、あそこの豆大福がこしだからうちはつぶでという感じで、真似っこでやってました。何でも甘きゃ売れたんですね。私も新正堂に入社したときは港区の芝に46軒菓子屋があった。それが今12軒です。その中で残らせて頂いてよかったなと思っていますが、親父も人柄が良かったせいか支部長とかやらせてもらって、月一回の和菓子組合に一緒に通って切磋琢磨していたんですが、12軒になっちゃったのは寂しいですね。

朝岡:

代々言われている家訓はありますか?

渡辺:

とにかくやってみなさいということ。頭で勝手に想像しないて、やって失敗したら良いじゃん、やりもせんくせにごちゃごちゃ言うなということをよく言ってたみたいで。切腹最中出すとき反対した母にそれを言ってもわかってくれなかったですけど。

朝岡:

渡辺さんのやってみようという精神は三代受け継がれているんですね。

渡辺:

自分もこれは売れないかもしれないとちょっと思ってましたけどね。

石田:

そもそもの和菓子の発祥はどういうところにあるんですか?

渡辺:

江戸時代だと思いますね。砂糖がもの凄く高級品で砂糖自体が薬みたいなもんなんです。舐めれば元気が出るということで、大名のいただくもので。それを少しもらってつくったのがあんことか団子。米はあったので団子でついてお醤油つけて。あんこの団子はあまりなかったようなんですね。甘さに飢えてた男社会で、7割が男だった。宵越しの銭は持たないような男ばっかりだったんで、疲れを取るのには甘さが一番で、江戸時代に和菓子が発展したと思っています。

朝岡:

現代では一時甘いものは太ると女性は特に思われていた時代があったようですが、逆に和菓子は女性からも注目されてる時代になってきた気がしますが、そこは意識していますか?

渡辺:

昔は小豆1kgに砂糖1kgだったんですが、今は砂糖250gです。とらやさんも今は砂糖が半分以下ですね。砂糖の量が変わってきて、糖度が控えめになって、皆さんの口にだんだん変わってきたんだと思います。

とらやの黒川さんが「伝統は守るべきものがあるけども、変えないと繋がらない」とおっしゃって、同じ配合じゃダメだと。私も同じ配合しかダメだと思っていた時代がありまして、それを聞いてから変えていいんだと思って、砂糖を少なくしたら売れるようになりましたね。

石田:

随分糖分カットされてるんですね。

渡辺:

あまり減らすと今度日持ちが悪くなるので、ギリギリのところですね。1/3から1/4くらいまでいくと危ないんです。日持ちがほとんどしない。その代わり小豆の風味がします。それがまた難しいところでね。

朝岡:

時代と寄り添う塩梅が難しいですね。

渡辺:

塩梅という言葉は嬉しいですね。本当に難しいです。塩梅ちょっとで随分違います。

石田:

最近男性もスイーツ好きの方が多くて、特に和菓子というのはサラリーマンの方もお好きだったり。

渡辺:

新正堂も男の割合の方が多いです。新橋はサラリーマンが多いので、お詫びのお菓子ということで、朝9時オープンなんですが、9時前に5,6人買ってらっしゃいました。悲壮な顔つきで「開けましょうか」というと「お願いします」という方は領収書くれとおっしゃいません。

どっかの大手の広告会社は10個入り40個を領収書って、こいつ謝る気ないなって。10個入り一個買って領収書結構ですという方は「頑張れ」って送り出したいですね。失敗はしますよ人間。お詫びに行かれる方は大変多いです。人間ミスするにしてもいかがなものかというくらい多いですね。