株式会社 教文館
オープニング・創業の精神 ~家訓や理念誕生の経緯~
通常の書籍を置いている部門では、「銀座本コーナー」というコーナーがあります。銀座に関する本がたくさん出ていて、銀座で働いている人が書いている本というのも結構出ているんですね。そんな特化したコーナーを作っていて、それをお求めになる方は必ずそこに来られて、お求めになるというそんなちょっと特殊なコーナーを作っています。
それからほかの本屋さんにないのは、キリスト教専門の書籍を扱っている部門、それからグッツを扱っている部門、それと児童書は結構やっているところも多いですけど専門書店という形で展開しているところはそう多くないので、すごく大きな部分だと思います。
それからカフェもかなり人気があって、お客さんが訪れてくださるちょっと特色のあるところです。
それから実は9階に「ウェンライトホール」と言って、ホールを経営していて、定期的に児童書関係の原画展、それから毎年のようにやっているんですけど藤城清治という影絵作家がいるんですけれども、その方の個展を毎年やっています。
それから11月から12月にかけては「ハウス・オブ・クリスマス」という名前でクリスマス関係のグッツを扱う店をそこで展開しております。
そういうところがほかの書店ではやっていないようなところだと思います。
普通の本屋さんにいろんなグッツを置いたりカフェを併設するって言うのは最近トレンドっていうのがあると思うんですね。たぶんうちの場合は、カフェは10年くらいなんで、それほど昔からではないんですけれども、創業のかなり早い時代から書籍関係だけではなくてグッズの関係ですね。文房具とか。そういうものも扱っているので、長い伝統があるって言うことはあると思いますね。
ですからそれほど違和感がない。キリスト教専門の本を扱う本屋であるということがそれに結び付いた面もありますし、本以外の需要いろんなグッツの需要があるんですね。そういうものもあるし、もう一つは最初うちの会社はアメリカから来た宣教師が造った会社なので、そういう外国とのつながりが多くて輸入品なんかを輸入してそこで販売するっていうそういう面もあったと思うんですね。ですからそれほど違和感はないんですね。
今カフェを併設する書店のやり方って言うのは本を読みながらカフェでも持ち込んでね、一緒にやるっていうスタイルだと思うんですけど、うちの場合はそうじゃなくて本の持ち込み以外に、ではなくて独立してカフェを作ったんですけど。
うちの会社に来てですね皆さんアンケートを取ったりすると、よく漏らされる感想は銀座通りに面した場所も非常にいいところにあるので、その通りを楽しむために来られるお客さんもいるし、「銀座に来て非常にほっとする空間、安心感を持てる空間、あるいはオアシスみたいに息抜きができる、そういう場所」っていう印象を持っておられる方が多いのでカフェはそういう象徴的な場所になっているっていうところもあると思いますね。
~キリスト教関連の書籍の需要~
キリスト教の信者の方がメインですが、残念ながら減っていますね。
例えば聖書なんかは典型的なキリスト教の本の一番大きな部分だと思うんですけど、私共の会社では各国語、日本語ばかりではなくていろんな国の言葉の聖書も揃えてますので外国の方もお買いお求めになるということもありますし。
それからキリスト教なんかを専門的に研究されている方が、わたくしの会社に必ず来て本をご覧になる、そのぐらい幅広い品ぞろえをしています。関連してユダヤ教の本なんかも結構そろえております。
最初のテーマは、「創業の精神」。
創業者の想いを紐解き、現在に至るまでの経緯
家訓や理念に込められた想いを紐解く・・・
キリスト教を普及するために、創られた出版社これがもとです。
ですからその理念や考えは今でも継承されていてそれが中核をなしていると思うんです。
しかし、私は最初に作られたときの会社の規則、それから今株式会社なんですがその時の定款、両方とも書かれているのにはですね、単にキリスト教の教えを広めるためだけの事業じゃなくて人間にとって大事な今の定款の言葉でいうと「教養に資する」という風に書いてあるんですけれども、人間の人格形成にとって大事なそういう書物を出版したり販売することも同時にうたわれているんですね。そういう理念もやっぱり大事だと思っているので直接キリストに関係しないところの部分でもそういう目的に沿った事業展開をしているつもりです。
~教文館と村岡花子~
NHKのテレビ小説で「花子とアン」って言うのが数年前に放映されて、非常に話題になったんですが、私共の会社でも主人公の村岡花子さんの実は生涯を展示することを何回もやったんですね。それもテレビで取り上げられて、非常にたくさんのお客様に来ていただいたんですが、この村岡花子さんっていうのが務めていた出版社って言うのが私共の会社で、もともとはキリスト構文協会の出版社なんですがその会社と教文館が実は合併して、その後も村岡さんは教文館で仕事をされて、1935年まで仕事をされていたんですね。
特に書籍の販売なんですけども、そういうところに引き継がれているという面はあると思うんですね。そういう意味では歴史的ないろんな経緯を踏まえてやっている会社だと思います。
~理念の浸透~
周年事業って言うのがありまして私共の会社は133年目になりますが、130年の時にもやりましたし120年の時もやりましたし、私はこの周年事業を2回やっているんですが、周年事業のたびごとに、そういう会社のよって立つ一番肝のところについては皆さんに説明してますし、展示をやったりもしています。
それからクリスマスとかですね、新年の時には皆さんの前で話す機会は結構ありますのでそういう時にはそれに触れるような形でお伝えはしています。それはもちろんホームページなんかにも掲げていますし。そういう意味ではお伝えはしていますけど、どの程度浸透しているかどうかというのは・・・浸透している部分と途中までっていうか徹底していない部分もあるかもしれませんけどそれを毎日唱えるみたいなね、そういうことはやってないですね(笑)
~社名の由来~
1895年に社名を変えようという動議が出たんですね。記録でしか確かめられないんですが。その前は実は「メソヂスト出版舎」という会社の名前だったんですね。その当時会社の名前の看板がかかっている写真が一番古い写真として残っているんですが、1896年から「教文館」という名前に屋号を変えたんです。
由来については実は書類には残っていないんですが、ほとんど確実に推測できるんですけれども、教文館の「教」というのはキリスト教の教ですね。「おしえ」という文字だと思います。
「文」はですね、これは文学って言葉の「文」なんですね。文学ってなぜ文学かって言うと、その当時英語の翻訳でものを考えていたと思うんですけれども、「Christian Literature(クリスタン リテラチャー)」っていう言葉がありまして、いまだと「キリスト教文書」といふうに訳すんですけれども、その当時はキリスト教文学と訳していたんですね。その時に使われていた文学というときの「文」という字だと思います。
それからもう一つ「館」というのはhouseという「メソヂストパブリッシングハウス」という言葉がありましたけど、ハウスという言葉の翻訳で「やかた」という言葉なのでその3つの言葉を合わせて「教文館」という名前が生まれたと思います。ほとんどこれ以外に考えられないんで確実なことだと思いますね。
~子業の展開と改革~
そうですね、会社の経営のやり方って経営者によってだいぶ変わると思うんですね。古い時代のものを見ると私が直接経験していない私の前の時代しか経験してませんけど、私の直前の社長はかなりワンマン経営に近い仕方のやり方をやってて、それなりに立派な方だったと思いますけど。
それは今の時代ではなかなか通用しない面がありますので、合意形成の制度はですね、社内に整えてできるだけみんなが自分たちの意識で会社をみんなで盛り上げていくっていうような体制にしたっていうのが一つです。
もう一つは今の時代に合わせてネットを使った販売ですね。イーコマスそういう部門を立ち上げて、それを少しずつ強化して、充実させているっていうのが特に新しく始めたことといえば言えることかもしれませんね。
~書籍の今と未来~
これは業界全体にかかわる問題でもあるんですね。みなさん電子書籍っていうのが出てくると、ほんの紙媒体は無くなる、弱くなるっていう風に、みなさん普通にこんな意識を持っておられるんですけど、実際にはですね統計的にいうと通常の書籍の電子書籍っていうのは必ずしも増えていないんですよ。一時期増えたんですけど、アメリカでは実は頭打ちなんですね。
日本の場合だと非常に電子書籍が移行が激しいのはコミックの分野なんですね。これは非常な勢いで電子化しています。書籍、いわゆる紙の本のいわゆる単行本に相当するような書籍の携帯は“コデックス”っていう風に言われるんですけれども。コデックスってまあ巻物じゃなくで今はこうページで開くコデックスという形なんですけれども、これは500年以上実は歴史がありますよね。
でこれはなかなかよくできている本の形で電子書籍に置き変わる時代があるかもわからないんですけれども、今の所これに勝る形にまだ電子書籍が追いついてないんじゃないかとは思いますけどね。
私も個人的には非常にそれ(紙媒体)を好んでいるっていう面もあると思うんで受けれども・・・まだしばらくは大丈夫じゃないかって思っています(笑)
今回のゲストは、株式会社教文館 7目代表 渡部 満(わたべ みつる)。
創業は1885年。
アメリカから派遣されたメソヂスト教会の宣教師たちが、伝道用の書籍やトラクトの販売
出版活動を行う為に組織を作ったのが教文館の始まり。
1891年には、銀座に書店を開店し
1896年に屋号を教文館とした。
その後、関東大震災の影響でビルが焼失し
1926年に日本基督教興文協会と合併し会社を存続させ
1933年には空襲を受けるが焼失を免れた。
戦後も、経営危機を経験するなど、様々な困難を乗り越え
1996年には、エインカレムをオープン
1999年『こどもの本の店ナルニア国』を開設。
2004年『Cafeきょうぶんかん』の開店など、事業を展開・発展させ
現在も出版不況と言われている中でも
『本を愛するお客様の友としてありつづけたい』という想いのもと
銀座の老舗書店・出版社として、多くのお客様に親しまれてきた。
今回は、渡部 満の言葉から、次代へ継承すべき、教文館の持つ長寿企業の知恵を、紐解いていく。