株式会社 梅林堂
言魂 ~心に刻む言葉と想い~
「風説ありて、幸福あり」こういう言葉もよくあります。そのことも、かなり強く胸に刻んでおりますが、一方で、母親が幼少の頃私に言ったのがですね、「お前は男だろ、付いてるものがあるだろう。人の役に立たない男は、男じゃないよ!」と、何かと事あるごとにその言葉を入ってきて。「人の役に立てないような人間は、人間のクズだ!」という風にいつも言って聞かされました。
人に喜んでもらえるような自分に、自分を磨き込むということは、洗脳されたと申しますかね、よく母親から教育を受けた。それがかなり自分の気持ちの中に強く残っております。
それをどう実践をしていくのか、そして、そのこと自体、人の役に立つということは、すなわち、その人にとって、自分にとって何なのか。これに対する基本が常にあって。答えがなかなか見つからない中にですね、実は、私の同級生で、私が高校の時にその友人に「ところで、人生っていうのは何なんだろう」と問うたことがあります。
高校生ですから生意気で、色々、哲学的なことやら何やら議論をするのが好きな時代でありますから、そういう話をすることが多々あります。その時友人が言ったのが、「人生っていうのは結局のところ、泣いたり、笑ったり、喜んだり、悲しんだり、涙を流したり、それそのものが人生だ」と、いう風に。
同じ高校生ですから、当時は、「何言ってんだよと。お前わかったようなことをよく言うよと」という風に思ったものですが、それを今でもよく覚えておりまして。
正にこの年齢になって、人生というは、「いかに強く喜べるのか、いかに強く泣けるのか、悲しめるのか、涙を流せるのか。中途半端に泣いたり笑ったりというよりも、おもいっきり泣ける人生、おもいっきり笑える人生」これをおくることが大事だなぁとつくづく思うわけでございます。
そういう意味では、幼少の頃に仕込まれたと言いますかね、人の役に立つというようなことの中に、おもいっきりやる!というような、こういう中にですね、自分の存在意義・意味・価値というものが生まれてくるんじゃないかなという風に考えておりますし、日々、そう思って行動しているつもりであります。
続いてのテーマは、「言魂、心に刻む、言葉と想い」
栗原良太が家族や先代から受け取った言葉、そこに隠された想いとは?