株式会社 ういろう
応安元年(正平23年)創業

室町時代より650年の歴史を重ねて受け継ぐ「ういろう」

室町時代から分家も暖簾分けもせず、薬及びお菓子のういろうは、創製されている。
薬は日本で存続する最古の製薬で、一子相伝で製法を現在まで守り続けている。
厳選された原材料で、製造から販売まで全て自社で行い、目の行き届く範囲以上には製造せず
想いを込めて作る事で、おもてなしの精神を形としている。
小田原の繁栄と共にういろうのお菓子と薬を後世に伝えることを目指す。

代表紹介

代表取締役
25代目 外郎 藤右衛門(ういろう とうえもん)

成蹊大学経済学部卒
1984年 三菱信託銀行勤務
2004年 後継者指名を受けういろう入社
2007年 社業と並行して横浜薬科大入学
2013年 横浜薬科大学首席で卒業、薬剤師国家試験合格
2013年3月 株式会社ういろう代表取締役就任
2017年11月 25代目外郎藤右衛門襲名

現在は社長業とともに、同大学客員教授や小田原市観光協会副会長など
幅広く活躍している。

ういろうの歴史

応安元年(正平23年)
外郎家の初祖 陳延祐は、医術、外交に長けた元朝の役人で、筑前博多に渡来した際に元の役職名であった礼部員外郎から一部をとり、陳外郎と名乗るように。これが「ういろう」の由来となる
1395年(応永2年)
息子の大年宗奇が、足利義満の招きで京へ上り、効能顕著な陳家の家伝薬は評判となり天皇より「透頂香(とうちんこう)」の名を賜る。また外国使節の接待役としてもてなしの想いで、希少な黒糖を用いて棹菓子を創作した。薬も菓子も家名から「ういろう」と呼ばれるようになる
1504年(永正元年)
足利氏の祖籍である宇野源氏の世継をした5代目は陳外郎宇野藤右衛門定治と名乗り、北條早雲に招かれ小田原へ来住。伝統の薬と菓子の製造を小田原で踏襲し、北條五代の街づくりに寄与した
江戸時代
2代目市川團十郎が咳と啖の病で台詞が言えず舞台に立てなかった際、この薬によって全快したことを大変喜び、世にこの薬を広めたく「外郎売」の台詞が誕生(1718年)する
2005年(平成17年)
観光地小田原での立ち寄りスポット、モノ造り気質を紹介する場として明治18年築のお蔵を利用した外郎博物館を開設
企業情報:
株式会社 ういろう / 神奈川県小田原市本町1-13-17 /  0465-24-0560
公式ホームページ:
http://www.uirou.co.jp/

ういろうの「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

”藤右衛門”の名を継ぐということ

地域の人の健康を‟薬”で、笑顔を‟お菓子”で生むことを
商いとしてきたういろう。

創業からの想いと共に、歴代の当主が襲名する”藤右衛門”というの名。
伝統的名を受け継ぐ際の想い
また、25代目藤右衛門氏が行ってきた進化に迫る!!

「決断」~ターニングポイント~

代を継ぐということ

予想外の代表就任要請から、先代の想いを受け継ぎ、
25代目として代を継ぐ覚悟を決めた。
そんな中、外郎藤右衛門(当時は外郎武)は、
周囲の反対を押し切り、ある決断を下す。

自身のターニングポイントと語る当時の苦悩、
今だから語れる想いに迫る!

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

25代外郎藤右衛門の人間形成に
大きな影響を与えた言葉

一度手にした信念は貫き続けると語る職人気質の藤右衛門氏。
その中で、思春期に恩師から受けとった想いと言葉は、
現在のういろうのモノづくり、お客様へ対する姿勢に大きく影響している。

人の人生に大きな影響を与える言葉の力。
25代外郎藤右衛門にとっての言霊とは!?

「貢献」~地域、業界との絆~

小田原と共に歴史を歩む

白壁に瓦屋根、八棟造りでお城のようなういろうの伝統的な店構えは
地元小田原市の名物となっている。

長い歴史の中で育まれてきた小田原とういろうの絆。
その裏に隠された想いとは?

「NEXT100」~時代を超える術~

何かと便利なこの時代に
あえて時間と手間を掛けて作る

650年を超える歴史を刻むういろうにとって、
今後も変わらない核となるもの。
そして、次代を見据え変える必要のあるものとは?

そして、25代目藤右衛門が語る後継者への想い。
次代へ継承すべきういろうの持つ長寿企業の知恵に迫る!

写真でみるういろう