Story ~長寿企業の知恵~ 「 決断 」
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鳥料理 玉ひで
決断 ~ターニングポイント~

ナレーション

続いてのテーマは「決断 ターニングポイント」
玉ひでの発展とともに訪れた苦難、それらを乗り越えるべく先代達が下した決断とは?

石田:

まぁその長い玉ひでさんの歴史の中で、ターニングポイントっていうのはいくつかあったと思いますけども、伺えますでしょうか?

山田:

先程お話した、戦後に軍鶏がなくなったということが、まぁー、一番大きいのかもしれませんね。軍鶏料理専門店ですから、軍鶏がなければ営業ができないんです。ですから、相当6代目・7代目の代は苦労したんだと思うんですけど。私はですね、昭和36年生まれなんですけど、36年の時にはですね、うちは軍鶏すきだとか軍鶏料理って書いてませんでした。

朝岡:

ほぉー

山田:

“鶏すき 玉ひで”って書いてあったんです。

朝岡:

あぁー

山田:

で、ですから、軍鶏が全く手に入らなかったっていうことがあると思うんですね。で、その頃、ちょっと言葉の漢字の語呂合わせみたいなもので、鶏すきって書くんですけど、すは寿です。きは喜です。それで鶏すきと読ませて、看板の“鶏寿喜 玉ひでって書いてありました。で、おそらく20年近く軍鶏は手に入らなかったんじゃないかと思います。ただ、まぁね、一般的なブロイラーみたいな鶏ではなくて、それでもちゃんとした鶏を使ってたことは使ってたとは思うんですが。で、まぁ、先程申しあげたように、昭和52年ぐらいかれですね、東京軍鶏を使うようになりまして、で、昭和54年に、店で親子丼を出すようになって。ただ、うちの父がですね、すき焼に使う為につくった鶏だから、親子丼にこの東京軍鶏を使いたくないと。それは、僕は未だに真意はわからないんですけど、まぁ親子丼はね、大衆的な食べ物だから、こんな高級な軍鶏の肉を親子丼に使うようなんて勿体なくてできないって言ったんですよ。自分でつくっときながら。だから、それがわかんないんですよ。未だになんだか(笑)

朝岡:

はっはっはっは(笑)

山田:

僕はそれが、非常に嫌で、もうその「とにかく軍鶏肉を使った親子丼を出したい」と父に言ったんですけど、「俺の代なんだから、お前の言うことなんか関係無い」とハッキリ言われました。だけど、父が亡くなってからわかったんですけど、父もまぁおじいちゃんっていうか6代目が生きてる間は、全く自由がなかったみたいなんで。で、6代目も5代目が生きてる間は、全く自由がなかったようなので(笑)

一同:

山田:

で、まぁ、そういうことだったのかなーとは思ってますけど、ただ、そのまぁ軍鶏を使った親子丼を出したくないっていうのは言われてました。軍鶏を使った親子丼を出したくないと言ってたので、父が生きてる間は出せなかったんですけど、それで、ただ、その先程のターニングポイントになりますけど、玉ひでがどんどんどんどん大衆店化してしまうのが非常に嫌で、幼心におじいちゃんが玉ひでを大衆化するのが嫌なんだと言ってたのを覚えているんですよ。で、なんとか僕の代になったらもう一度高級店化したいなと。ただ、親子丼が600円では、これはちょっとなかなか難しいことなので、で、親子丼を値上げしなければいけないかなという風に思ってたんですね。で、まぁ600円という値段はですね、その当時でもかなり安い金額でした。で、今だから言えますけど、赤字でした。

石田:

ふーん。

山田:

で、それともう一つ。もっといけないことがですね、従業員が、お客様にお召し上がり頂くというよりも、食べさせてあげてるというそういう気持ちが蔓延してまして、

石田:

あぁー

山田:

「はいそこ座って、はいよっ」っていうような感じで、もういらっしゃいませですとか、ありがとうございます。そんなことが一切ないんです。まぁ実際に、その当時の玉ひでに来て頂ければ、そういう雰囲気が非常に似合ってる店づくりをしていたかもしれません。「下町の大衆食堂で良いんだと」父は言っていましたから、接客と言うよりも料理をただ出してる。で、よく冗談なのか本気なのか分かりませんけど、配給と一緒だって言われてましたから(笑)

石田:

ほぉー(笑)

山田:

だから、それはね、ほんとに飲食店としてあってはならないんことなんじゃないかなっていうのが、子ども心にずっと思ってたんですよ。で、それにはね、やっぱり、ある程度お値段頂いて、親子丼で利益が出るような形にしないとですね、従業員の意識改革は出来ないのかなという風に思ってですね、実は僕、200円だけ値上げしたんです。

石田:

はい

山田:

で、それはやはり父が亡くなって三回忌を待ってやったんですけども、実際には値上げをしたのはその一度だけですね。600円から800円に変えたんですけど、前の日に状行員を集めまして、「明日から200円値上げします」と。で、「その200円の分の利益は全部、従業員の給料にまわします」と。「ですから、サービスを良くしてくれ」と。それから、「作ってる方も200円分真剣に作ってください」と。それから当然、材料も良くして、それから店も全部改装したんです。

石田:

ふーん。

山田:

で、所謂リニューアルオープンですね。

石田:

はい

山田:

で、それを新聞に、折込広告で、ほぼ全紙に「玉ひで値上げします」。と。それで「材料も良くしました。サービスも良くします」と、入れたんです。ただ、前の日に、「もううちの行列は今日で終わるかもしれない。明日、うちの店に行列はないかもしれないけど、いいサービスをしていいものを出せば、2年後3年後に必ずお客さんは戻ってきてくれるから、それまでしばらくの間行列のない店かもしれないけれど、一生懸命一緒にがんばりましょう」と。って言ってですね、まぁ僕は店に住んでますから、店の中にずっと居たら、うちの従業員が「社長!大変なことになってます」『何ですか?』って言ったら、「昨日の倍並んでます」って。

石田:

すごい!

山田:

えぇー?!って思って店の表に出たら、それまでの最高待ち時間がですね、おそらく1時間ぐらいだったんです。そのチラシを出して値上げした次の日からですね、そうですね、平均2時間待ちくらいの。

石田:

もうテーマパークのように並ばれてる

山田:

1ヶ月後には、最高記録が4時間待ちになりました。

朝岡:

ほぉー!ねぇー

山田:

それはちょっと異常な(笑)

石田:

あはは(笑)でも、値上げしてまでお客様がついて

山田:

だから、どんなものが出来たんじゃないかっていうご期待感があたんじゃないですかね。