Story ~長寿企業の知恵~ 「 創業の精神 」
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株式会社 明電舎
オープニング・創業の精神 ~家訓や理念誕生の経緯~

ナレーション

今回のゲストは株式会社明電舎 13代目 稲村純三(いなむら じゅんぞう)。
1897年 創業。日本の電気技術の礎となり「モートルの明電」と呼ばれた明電舎の歴史は、まさに日本の近代化、そして経済大国としての発展に繋がっている。
生みの親である、重宗芳水は生前、こんな言葉を遺している…

――誠実に取り組むのは、ただ目の前の注文主のみならず
ひいては世のため、人のためなり――

その志は120年という長い年月とともに、時代を超え時に海を超え、幾多の困難を乗り越えて、継承され続けてきた。
今回は、13代目・稲村純三の言葉から、明電舎が紡ぐ「歴史」や「伝統」に隠された物語、そして「長寿の知恵」の真髄へと迫る!

石田:

本日のゲストは株式会社明電舎、代表取締役会長、稲村純三さんです。
宜しくお願いいたします

一同:

お願い致します。

朝岡:

明電舎、お名前は本当によく聞くんですが、明電舎の「電」ていうのは電気の「電」ですから、いろいろな電気ですけど内容は多岐にわたる事業をなさってるんですよね。

稲村:

ええ。私どもですね会社の規模の割にはいろんなことをやっておりまして、基本的には電力だとか鉄道だとか水処理だとか、放送、このような社会的なインフラの事業ですね。
それに関わる発変電、計測・制御・監視というようなものを作っております。それ以外にもですね、フォークリフトだとかエレベーターのモーターだとか電気自動車に積むようなモーターコントローラーあるいはですね自動車試験装置ですとか無人配送台車と呼ばれるAGVなどですね多岐に渡って作っている会社の規模の割にはいろんなことをやっている会社でございます。

石田:

はい。そんな会社の今何代目でいらっしゃるんですか。

稲村:

はい、私で今丁度13代目の社長だったんです。会長になりまして、会長としては9代目の明電舎会長になります。

朝岡:

代表取締役会長でいらっしゃる。代表権をお持ちですけど、会長と社長っていうのは普段のお仕事っていうのは相当差があるもんですか。

稲村:

基本的に私たち会社では経営責任という意味では会長も社長も全く一緒で会社を経営していくっていう責任はたいへん重たいものですけど、どちらかと分ければ社長は実際の会社の中の、会社の事業のコントロールをしていく。
私(会長)は対外的な、例えば業界の電工業界だとか経団連だとか言うことも含めて社外的な活動がどちらかと言うと重点的です。

朝岡:

なるほどね。

石田:

会長は今までこれまで明電舎一筋でいらっしゃるんですか。

稲村:

私は1971年に入社を致しまして、この会社にずーっと仕事をさせていただいております。
明電舎はものづくりの会社でございますので私もですね実は33年間も工場だけにいて、経営というところからちょっと遠い位置におったんですけれども今こういうポジションになって仕事をしておりますけれども、33年間ものづくり一筋でまいりました。

朝岡:

こんなこと表現はあれですけど、叩き上げって言う言葉がありますけれども現場でずーっとやっていらっしゃってその方が経営者になるっていうのはどうなんでしょう、多いんですかね?

稲村:

私共ですね経営者というか経営の幹部っていうのはものづくりの会社ですので技術やさんが多かったりあるいは場合によっては営業の関係者が多かったりするんですけれども、そんなに珍しいことではないと思います。
ただ比較的ですね技術やさんでこういう経営者になるって言う方というのはいろんな技術の畑を歩いてきたんですけれども、実は私はある一つ自動車の試験機というその業界会だけを33年間歩いてきましたのでちょっと特異な存在ではあると思います。

朝岡:

スペシャリストの現場でずーっとこうやってらっしゃったと。

稲村:

そうですね。

石田:

そして今こちらに明電舎さんの製品の模型をお持ちいただいたんですけれども、こちらはなんですか?

稲村:

私共が作っている製品をご紹介しようかと思って今日お持ちしたんですけれども、明電舎作っているのは一般的な消費者たちにはなかなか目に触れないものなんですね。大きな発電機であったり大きな変圧器であったり、そういう中で比較的一般の方々の目に触れるものを今日はお持ちしてみたんですけれども。
今日お持ちしたものはですね、三菱自動車にi-MiEVという日本で最初汎用の電気自動車があるんですけれども、そこにですね私共のモーターとコントローラーを積んでいただきました。そのあとですね、プラフインハイブリットのアウトランダーというですね、車にも積んでいただいて、今の三菱自動車さんから発売をしていただいているということえ。この町の中、世界のですね明電舎のモーター、コントローラーを積んだ車が走っているということで、ここにですね車のミニチュアをお持ちいたしました。

あともう一つですね、大きなの(車のミニチュア)があるんですね。これトラックなんですけれども、このトラックには発電機と発電用のエンジンを積んであります。この荷台にですね。これは移動電源車と言いまして、もともとは電力会社さんが工事の時に停電にならないようにここから起こした電気で供給をすると言う仕組みで作ったものなんですけれども。ですから電力会社さんが大きなお客さんだったわけですね。
それがですね、3.11の大震災の時にこの電源車が大活躍したんですね。電気がですね、こないという時にこの電源車を持っていけば電気が復旧できるという事でそれ以来、このまえの熊本の大震災のときもですね、非常に多くの私共の電源自動車が駆けつけたというような状況でございます。そういうことでですね、今日ご紹介がてらお持ちしたという次第でございます。

朝岡:

電気の会社というと、お家で使う家電。家電でなく明電舎は充電だからモーターとか発電機とかそういう所に特化した会社って言うことですね。

稲村:

そうですね。

ナレーション

ここからは、各テーマを元に、稲村純三の言葉から、長寿の知恵に迫る…。
最初のテーマは、「創業の精神」
明電舎の創業から今に至るまでの経緯、 先代達から受け継がれている想いに迫る!

石田:

創業の精神ということで明電舎さんの創業から現在に至るまでの経緯を伺えますか。

稲村:

私共ですね今年ちょうど創業120周年ということで、明治30年1897年に創業した会社でございます。
創業者は重宗芳水。この方は非常に努力家で明電舎という会社を作る前にモーターの修理だとかスイッチの製作だとかいうことをやっておった人間なんですけれども、非常に勉強家で明電舎を作る事にあたってはですね必ず国産でモーターが作れる時代が来ると信じてスタートした会社なんですね。
なのでそういう意味では、非常に苦労しながらモーターを国産化してですねそして世の中に広めてったと。おかげさまで「モートルの明電」ということで一世を風靡することになったんですけれども。風靡というか夜の中に広く愛用されるようになったんですけれども。なんでここでドイツ語のモートルという言葉を使ったのかよくわかんないんですけれども、モーターですね国産化に成功したと。
それまでには非常に苦労をしたという記録も残っていまして、手書きの設計書とか新しい設計法だとかですね、いろんなことを開発しながらやってきた努力の人かなと言うふうには思ってます。

朝岡:

そうですか。そして20世紀になって70年代になるとモーターからいろいろなものが明電舎の柱となっていくという形になる・・・

稲村:

そうですね。モーターを作ったりそれから派生して発電機を作ったりそれに関連するですね、それに関連にする制御装置を作ってきたんですけれども、70年代に入って量を作るよりも質を求めようという流れになってきた。
ちょうど私が入社した、私は71年入社ですので1971年に会社入ってますのでだいたいその頃から少しずつ明電舎の流れが変わってきた。要するにハードのモーターとか発電機とかスイッチギアという制御盤を作ってればいいということではなくてそれをいかにトータル的に制御するか計測をするかかんしょうするか、それにはですねコンピューターを使おうということで、早い時代から私共コンピューターの製品に手掛けてまいりました。

朝岡:

そうですか。120年の歴史明治30年に創業ということですけど、たしかガス灯が銀座についたのが明治のはじめでね。
だからいよいよガスとかじゃなくで電気の時代が来たっていうのが明治30年。その頃はどのくらいの規模で会社を立ち上げたんでしょうか。

稲村:

創業した時はメンバーは11人だというふうに聞いています。
11人のメンバーで資金が当時のお金で500円と言ってますので今のお金にすると300万から500万ぐらいだとは思うんですけど、それで今の工場を立ち上げたと記録には残ってます。

石田:

明電舎というお名前もその当時から変わらないんですか。

稲村:

ええ。創業のときにですね明電舎というのは、明治の「明」、電気の「電」、そしてですね志を同じくするものが集まる所といことで明電舎という名前をつけてそれ以来ずーっと120年間明電舎という。
いまですと横文字の会社名も多いんですけれども、ちょっと古臭い名前ではあるんですが、明電舎という社名が今はお客さまにもきちんと認められて私としては好きだな、いい感じだなという風に思ってます。

朝岡:

今横文字の会社があまりに多いから、「明電舎」日本ですよね。いーねー。
いわば11人で始めるという重宗さんの発想はどういう所にあるんですかね。

稲村:

この世の中に役に立つものを作ろうと言う強い気持ちがあったと思います。
創業した時に外国のモーターを直してただこれは国産化ができるという非常に先見の目というかですね。なおかつそれに対してですね、がむしゃらに進んでった努力、この辺がですね非常に貴重なところかなっと思いますね。

朝岡:

今はもう社員というか従業員の方はどのくらいに?

稲村:

今はですね、連結で約8,500名になります。

朝岡:

そうですか~。

石田:

そして今年創業120年を迎えられまして、おめでとうございます。

稲村:

ありがとうございます。

石田:

何か特別なイベントは催されているんですか。

稲村:

私共は120週年を記念して技術展をやってですね、ここでもういう一度明電舎のイメージを作り上げようということで、May Jさんにイメージソングを歌っていただいたり。

石田:

あ、あのMay Jさん…

稲村:

あるいはその「電気と人と未来」という事をテーマに谷川俊太郎さんに詩を作っていただきまして、それでですね120周年、長けりゃ良いってもんでもないんですけど明電舎は世の中の役に立ってきたというこをですね、少しアピールしていきたいかなぁと思ってます。

それ以外にもですね、技術展、これは東京と名古屋と大阪、海外でもタイ、シンガポールとかでですね開催しますけれども、どちらかと言うとイベントは嫌いじゃないんです。うちの会社は(笑)
ちょっと調べましたら、明治の終わり頃にモーター千台販売記念祝賀会みたいのをやっているんですね。ですから今でも社内はですね、製品の何万台出荷記念とかですね、実有何百億円とかですね、有用なイベントを結構皆さん好きでやってます。

朝岡:

そうですか。

石田:

明電舎さんの家訓や理念をうかがえますか。

稲村:

私どもはですね、企業として世の中の役に立とうという中ではですね、企業理念というか私も「企業使命」と読んでますけど、企業使命とその使命によって何を提供できるかということで。企業使命としましては「より豊かな未来をひらく」いうことで、インフラの関係の仕事が多ございますので、そういう中でより豊な未来をひらくと。
そしてお客さまには提供価値ということで、何を持ってお客さまに喜んでいただけるだろうということでお客さまの安心と喜びのためにという事でですね、この企業使命と提供価値でですねベクトルを合わせて全社員一体となって世の中の役に立っていこうという風に思ってます。

朝岡:

その今の言葉というかそれはずーっと昔からあったものですか?それとも最近担ってちょっと変わったというか…

稲村:

昔企業理念というものもあったんですけれども昔の企業理念というのは、言葉でズルズルズルと書いてあってわかりづらいなということで、20年前…何年前ですかね?110週年をですね期にわかりやすい企業使命、あるいはですね行動基準を…その行動基準が個々にある「MEIDEN CYCLE」(というものなんですが)

朝岡:

小冊子の

稲村:

はい。これは若いうちの社員が明電舎の社員としてどのように行動するかと。企業の理念だとかですねそういうものに沿って実有するためにはどうゆうふうに行動すべきかというのを若い社員が作りました。
実はですねお見せすると恥ずかしいんですけど絵本みたいなんです、中は。ぞうさんが出てきたり、

朝岡:

ほんとだ!

稲村:

きりんさんがでてきたり、

朝岡:

童話かと思っちゃった(笑)

石田:

優しい絵が描かれてますね。

朝岡:

色々シンボル的な言葉がね、わかりやすく出てたりして。

稲村:

で、このサイクルというのは、ここでは私共企業として「愛されよう、そして繋がろう、考えよう、動こうそして楽しもう」というこの5つのステップはぐるぐる廻るんだろうなっていうことでそれをですね、「MEIDEN CYCLE」名付けました。

朝岡:

あー!それがMEIDEN CYCLEなんですね!

石田:

なるほど。

稲村:

愛されよう、繋がろう、考えよう、動こう、楽しもう」また愛されようという一つのサークルになるかなと。

朝岡:

(冊子を見せて)こういうことですよね。あーなるほどね。

稲村:

これはですね、日本語だけではなくて英文も作りましたし、私ども海外に出させていただいてる中国語のMEIDEN CYCLEも作ってね、各社員に配って明電舎はこれからもこういうふうに生きていくんだよ、こういうふうにお客さまの役に立っていくんだよ、ということの一つの行動芯にして行こうというように思ってます。

朝岡:

こうやって(冊子を)見ると視覚的にね、パっとわかると言うかわかりやすいとう言うか、そうなんだというのがすぐ染み込むというか。

稲村:

ですからその中には厳しい言葉も入ってまして、例えば※「動かざるものは去れ」

(※愛されよう
「お客様の感動」を目指し、新しい価値を創り出していこう。
「社会の絆を作る仕事」に責任と誇りを持とう。
「企業として、人間として」成長を続け、愛されよう。

つながろう
「仲間」との衝突を恐れず、垣根を越えてつながろう。
「お客様」と本音で話そう。
「地域、社会、環境」つながる意識を持とう。

考えよう
「これでいいのか」、現状に疑問を持とう。
「探求心」と「好奇心」を持ち続けよう。
「道は一つではない」、あらゆる可能性を考えよう。

動こう
「行動なきものは去るべし」、進んで一歩を踏み出そう。
「今日の行動が未来を作る」、迷わず進もう。
「自発的、かつ挑戦的」に動こう。

楽しもう
「自己の成長」を楽しもう。
「仕事」を真摯に楽しもう。
「ものづくりの心」を楽しもう。
※I keep on doingいますぐやろう、やり続けよう より。)

みたいなですね、非常に厳しい言葉も中には入ってます。

朝岡:

あぁ…

稲村:

皆でですねこのMEIDEN CYCLEに沿って仕事をしていこう、仕事を楽しんでいこうっていうような中でね、仕事しないやつはいらないよ!ということもですね書いてます。

朝岡:

動物たちがね、いろんな提案をしてね。

稲村:

そうですね。

朝岡:

それが会話形式になってて。それで今会長がおっしゃった時には厳しい言葉を言う動物がいたりするですよ。「ただ考えてるだけじゃだめだよ!」とかね。

稲村:

そうです、そうです。

朝岡:

なんかこう友達みたいな感覚…

石田:

ほー。

朝岡:

会社でもらうと「なんだよー」なんていって机の中にポって入れてしまう人もいると思うけど、これは読み始めると読んでしまいますね。

稲村:

私も機会があるごとにコミュニケーションの手段としてそれを持って私もいまカバンの中に入っていますけど、それを持ってってMEIDEN CYCLEいくぞ!ってとこがあるんですね。

朝岡:

アクティブですね。ありがとうございます。

ナレーション

現在、明電舎で行われているユニークな制度について伺ってみた。

石田:

社内のユニークな制度、あと行っていらっしゃるイベントはどういったものがあるんでしょう。

稲村:

これは私の思いですけど、企業というのは人なり、人がなくって企業は成り立ってきませんのでまず従業員に優しい会社になろうというですね思いがあります。
ですから制度もですね色んな制度があります。たぶん他の会社でもある制度ではあると思うんですけど例えば私も定年60歳という事でやってきたんですけれども今は 65、長い人は70まで働けるような制度にしました。
で、そういう中で先輩方が持っている技術その辺をきちんと伝承していってもらおうとですね、今70まで働けるということもありますし、若い人にはですねメンター制度といって、進入社員の2,3年先輩自分のやっている仕事とは関係ない人とペアを作っていただいて悩みだとか相談事だとかあるいは飲みに行きましょうだとかそういうことができるように、仕事だけではなくてどちらかと言うと私なんかは家族的にと言いたいんですが今の人はそうでないとしてもやはり会社で仕事していく上で身近に相談できる人と言うのをちゃんと制度として作っていこうと思っております。

他にももちろん介護休職、あるいは介護休暇、育児休暇、これもありますけどユニークな制度として、希望退職者の再雇用制度と言うものがあります。

石田:

一度辞められて

稲村:

海外で明電舎に一度入ったんだけれども、海外で違うことをやってみたい、明電舎を辞めて行きたいという方に向こうで2年3年働いた後にねやっぱりもう一度明電舎の仕事がしたい!という方にどうぞ来てください!という制度をですね。
ですから出産とか結婚を機会に辞められた女性の方も例えば子どもさんが大きくなって明電舎でまた仕事がしたいという話になればウェルカムです。
ということですね、非常に従業員に私の自惚れかもしれませんが十分に優しい会社になっているかなと思っております。

朝岡:

実際に戻ってらっしゃった社員の方で、おお!こんなことやってくれたって言うことはあるんですか。

稲村:

ありますあります。違う、、、私共の会社にはない仕事をしてきているわけですから、色んな意味で幅広い技術だとか知識だとかそういうもの持ってまた戻ってきてくれるわけですよ。
ですからそれを私共としては有効に使い、活躍してもらおうと言うスタンスですね。

朝岡:

それは稲村さんが社長時代からある制度なんですか?

稲村:

はい。私が社長あるいは先代の社長から含めて積み重ねてきたどんどん拡大してきたところはあるんですけれども、だんだん従業員に優しくしていこうと。
これはですね企業というのは人で成り立ってますので、その人の持ってる能力だとか技術だとかいうことを最大限発揮させるためにはどうすればう良いだろうと皆が一生懸命考えてきた結果だとおもております。