京橋白木 株式会社
1896年(明治29年)創業

「食のあるところにシラキあり」飲食業を支える縁の下の力持ち

東京の名だたる星付きレストラン、居酒屋から和食店、高級ホテルまで「食」の現場で商材を提供。
取扱商材は約10万点超とカテゴリーは幅広く、外食産業で必要な備品資材をワンストップで提供を行っている。
マンパワーが不足している飲食企業に対して受注代行、物流代行、購買代行までを請け大手企業をはじめメーカ直接取引の販売代理機能を有する。
近年では世界市場を視野に大量生産ではないクラフト品日本の‟用の美”を体現する器に特化した
Utsuwa laboというユニットをたちあげ「テーブルに新しい価値を」ビジョンに幅広い活動を行う。

代表紹介

代表取締役
4代目 竹下 茂雄(たけした しげお)

日本体育大学卒業 

2002年 千葉県立松戸矢切高校 教員 副担任
2002年 京橋白木入社
2008年 京橋白木(株)四代目代表取締役に就任
2011年 飲食事業(株)オルタナティブワークス設立 「九州うまかもん みこと」「北の国バル」
    4店舗を出店後に事業譲渡2013年輸出事業オリエンタルトレード(株) 設立
2017年 オルタナティブワークス(株)をARIGATOJAPAN(株)へ商号変更し
    飲食スタートアップへの投資育成事業を開始

    柔道73kg級の学内ランキング1位として活躍(柔道4段)オリンピック金メダリスト
    古賀稔彦選手の引退試合までの稽古相手を務める

専務取締役
竹下 雷太(たけした らいた)

日本体育大学卒業
2004年 京橋白木株式会社 入社

兄・茂雄氏柔道を始めたことをきっかけに小学校4年の時より柔道を始める
高等学校で千葉県大会ベスト8
松前杯66㎏級2位、ヨーロッパ遠征メンバーに選出
大学では1年次から1軍メンバー入り。ジュニアオリンピック東京予選ベスト8
国体の千葉県予選2位の実績を持つ

現在は自身の師が教えてくれた
「子供世代に対して技術だけでなく、自分が伝えられることがある」
という想いを胸に柔道に携わっている

京橋白木の歴史

1896年(明治29年)
初代 竹下松蔵が中央区八丁堀に個人創業
1913年(大正2年)
大根河岸青物市場(現在の京橋3丁目)に移転し、荒物雑貨問屋「白木屋本店」を開業
1923年(大正12年)
関東大震災の被災により一時休業。1926年に整理後再開
1941年(昭和16年)
第二次世界大戦の東京大空襲により店舗消失。1946年に「白木屋商店」として再開
1973年(昭和48年)
「白木雑貨株式会社」として資本金2,000万円で法人組織に改組。中央区京橋に本社社屋を竣工
2005年(平成17年)
本社ビルを現在の中央区八丁堀に移転。「京橋白木株式会社」に商号変更
2011年(平成23年)
飲食事業子会社「株式会社オルタナティブワークス」設立
2013年(平成25年)
資本金を5000万円、資本準備金2500万円に増資
2016年(平成28年)
創業120周年コーポレートアイデンティを刷新
企業情報:
京橋白木 株式会社 / 東京都中央区八丁堀3-19-9 京橋第6長岡ビル2F /  03-5566-0202
公式ホームページ:
http://www.kyobashi-shiraki.com/

京橋白木の「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

「お客様」「仕入れ先」「社員」を幸せにするために

先代からの教えより、京橋白木ではコミュニケーションを大切にし、
家族的な経営を行ってきた。
しかし、運営していく中で、家族や親しい仲間だからこそ生まれる
衝突は避けられないものである。

そんな中、理念を達成するために社員の一致団結を図るべく
試行錯誤をすえ生まれた解決策とは?

「決断」~ターニングポイント~

会社を生かすための決断
兄弟で越えていくために

家業を継ぐ覚悟を決め
京橋白木へ入社した茂雄氏に待っていたのは苦難の道であった。
会社続のために行った改革とは?

そして、「茂雄氏、雷太氏の2人が越えたターニングポイントに迫る‼

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

両親の言葉に隠された商売人の魂

茂雄氏と雷太氏それぞれが
幼少期に先代である父から受け取った言葉と想い。
そして、今も茂雄氏の胸に刻まれている言葉に迫る‼

「NEXT100」~時代を超える術~

唯一無二の頼もしいパートナーと共に・・・

100年後、商品や事業が変わる可能性を持つ会社にとって
お客様が求めるものを柔軟に取り込み
「関わる人を中心に考えていくこと」をブラさないことが重要であると語る茂雄氏。

100年先の後継者へ届ける想い、京橋白木の持つ長寿企業の知恵に迫る!