Story ~長寿企業の知恵~ 「 決断 」
←前のパート
次のパート→

株式会社 岩波書店
決断 ~ターニングポイント~

ナレーション

2つ目のテーマは「決断」〜ターニングポイント〜。160年以上の歴史を誇る岩波書店のターニングポイントとは?

朝岡:

会社自身にとってのターニングポイントはどのあたりでしたか?

岡本:

危機ということで言えば、戦争中。言論統制が厳しくて。かつ岩波茂雄は中国に対する戦争は絶対反対だと言い続けてきたんですね。そういう中で当時の政権からはにらまれたり。例えば横浜事件という非常に有名な、戦争末期になりますけども、出版弾圧事件がありまして、社の幹部だった小林勇が捕まってだいぶひどい目にあったようですね。

その時に検事からは「岩波のようなものは潰してしまうぞ」というようなことを言われたと聞いております。非常に出版社として危機だったんじゃないかと思いますね。

朝岡:

戦争も末期になると、本を売る事自体が非常に厳しい環境というか、本なんて読んでる暇はないだろうという時代になるので、それだけでも危機的状況だったと思いますが。

岡本:

出版法違反ということで、津田左右吉という有名な国文学者が書いたものが天皇に対する侮辱だということで、法廷に引きずり出されたこともあって、その時に岩波茂雄も同じ法廷に立たされたんですね。

その時に法廷で岩波茂雄が言ったのは「自分は資本論も出すが松陰全集も出すんだ」と。つまり右から左まで。これは読者が読むに足りるもの、読まなきゃいけないもの、読んで色々考える必要があるもの、これを出すんだと。

自分はイデオロギーでマルクス主義を宣伝しようとしてるんでもないし、松陰のことを褒めるつもりもない。読むに足るものを出す。これが出版社としての価値の中核なんだということを述べたんですね。それは彼の本音だったんだと思います。法廷でうまい口を利いたわけじゃなくて、実際にそういうことを彼はやってきたんですね。

どうやって危機を乗り越えたかといえば、ひとつは出版人としての確信というか信念、それがあったということが大きいと思います。

もう一つは学徒出陣で学生たちも兵隊で出てったわけですけど、その時に岩波文庫を求めていったんですよ。我々ももしそういう状態になった時に、どういう本を読むだろうかと考えたときに、あまりどうでもいい本は選ばないと思うんですね。自分を見つめ直したりする本を選ぶんじゃないか。学生達もそれを持って行った。当時神は配給になったんですが、陸軍は岩波書店のために紙を提供しなければいけなくなった。

何千冊か軍が買い取ったということも聞いていますけども。そういう危機的な社会的状況の中で読まれる本。もしかしたら明日死ぬかもしれない人が読みたいと思う本を出していたということが岩波書店を救ったといいますか、存続させたんだと思いますね。

ナレーション

続いては現在岩波書店の代表をつとめる岡本厚自身にとってのターニングポイント、そこに隠された思いに迫る。

朝岡:

岡本社長にとってのターニングポイントはどこですか?

岡本:

私は1977年に岩波に入社したんですね。何故岩波を選んだかと言いますと、早稲田の学生だったんですが、その頃ちょうど韓国の民主化運動があって、金大中さんが東京で拉致された事件、若い人は知らないと思いますけども。これは何なんだ、隣の国で何が起きてるんだと思った時に、「世界」という岩波書店が出していた月刊誌に韓国のことが非常に出ていて、こういう事が起きてるのかと思ったことが、岩波書店に入ろうと思った動機のひとつになったんですね。

「世界」という雑誌に入社してからすぐ配属になって、ずっと、何年だろう、編集長だけでも16年やっていたので。そういう意味では岩波書店に入ってずっと「世界」一筋というのがこれまでの経過だったので。そういう意味ではターニングポイントは社長になった時じゃないですかね。

非常に大きな転換だったと思います。あまり雑誌をやっている時は経営のことは考えないじゃないですか。本当は考えなくちゃいけないんだけども。雑誌をどうやってつくるかというところに全力を挙げてるので。

その後社長にとなった時に、総合出版社、あらゆるものを出しているわけですから、それをもう一回自分の中で勉強しなおすというか。「世界」とは何かというのをずっと考えていたわけだけど、岩波書店とは何かというのをもう一回反芻して、自分の中で一つ一つ納得していくというんですかね。

朝岡:

「世界」を読んで世界が広がったという。それで岩波書店に入ったのが最初のターニングポイントですね。

岡本:

入りたいといっても、いらないと言われたかもしれないですからね。

朝岡:

今度は社長におなりになって、いよいよ会社の世界も知らなきゃいけない。「世界」というのはそれだけ岡本さんにとって大きな存在だったんですね。

ナレーション

出版不況よと言われている現代は、岩波書店のみならず、業界にとってのターニングポイントと言える。そんな出版社にとっての商品は雑誌や書籍。それらを実際に書店などで購入するのは読者である。果たして岩波書店で代表をつとめる岡本厚にとって読者とは一体どのような存在なのだろうか?

朝岡:

岡本さんにとって読者という存在はどのように受け止めてらっしゃいます?

岡本:

私自身も一人の読者ですよね。読者の中で色んな作用を引き起こす中で、初めて色んなものが完結するという意味で言うと、読者というのは非常に大事なものだと思います。

ビジネスの相手としての読者ではなくて、我々の事業そのものが、読者の中で初めて完結するというか。色んなものを生み出していく。もしかしたら著者の思いを超えるものが読者の中で生まれるかもしれない。新しい思想や哲学、新しいものが読者の中から生まれるかもしれない。

そういう意味ではもの凄く大切な存在だと思いますね。