Story ~長寿企業の知恵~ 「 決断 」
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株式会社 船橋屋
決断 ~ターニングポイント~

ナレーション

「決断」~ターニングポイント~。長い歴史の中で起こった経営危機や苦難に対し、どのような決断を下し乗り越えてきたのか。船橋屋、そして渡辺雅司にとってのターニングポイントに迫る。

渡辺:

祖父の代というのはご存知の通り、東京大空襲があって全部丸焼けになって、倉に火が入るのを見てから逃げたと言ってました。ただ原料の仕込みというのは水をかけて上から何かかけて逃げたので、焼けた跡かたくず餅の原料だけは出てきてくれたと。

それで早急に復旧ができたということですね。その当時闇市なんかもすごくあったんですが、ちゃんとした価格で皆さんに振る舞っていたことが、あとから皆さんの恩返しじゃないですけども、お客様がさらに戻ってくるのに繋がったという風に聞いています。

ナレーション

長寿企業の宿命であり事業の継承に欠かせない後継者問題。船橋屋の八代目当主、渡辺雅司誕生の経緯とは?

朝岡:

渡辺さんご自身は、小さい頃から継ぐことを意識したりとか、親から言われたりとかはしたんですか?

渡辺:

それが一切ないんですよ。祖父も父も養子だったので、また養子が継げばいいじゃないくらいに思ってたんです。住んだのも亀戸ではないので、千葉の山の中で僕は放っておかれてたもんですから、蛇とか振り回したりですね、昭和40年代でしたから。まあとにかく悪ガキで、野原とか田んぼとか駆け回ってたんですね。

大学入ったくらいから、金融マンになりたいと思いましてですね。円が自由化されたりとか国債化されてる時期で、プラザ合意というのがあったんですよ、85年に。急激な円高が進みまして、これは面白そうだな、ディーラーをやりたいと言って都市銀行に入っちゃったんですよ。銀行マンです。銀行で多くを学ばせてもらったんですが、特にディーリングの世界で、バブルのまっただ中だったんで、楽しませてもらって、一切実家のことなんて考えないという生活を送っていたんですね。

石田:

そこからどうして?

渡辺:

大好きだった祖父が倒れまして。実は祖父には長男がいたんですが、継ぐ力がなかったというか。それで祖父は長男を泣く泣く外に出して、父を養子に迎えたんです。そういうものを僕には口に出さなかったですが、背負って生きてきたんだろうなというところがありまして。

祖父が死ぬ間際にうわごとで何かを言っているのでちょっと聞いたらですね、息子の方が先に酒の飲み過ぎで死んじゃったんですが、その息子を諭しているというか、死ぬ間際までお説教している姿を見たときに、やはりこういうものは脈々とした色んな願いとして実は子供が継がないといけないんじゃないかということに、27,28歳で気が付いたんです。

それでものづくりも面白いのかなと。ずっとお金の世界の中にいたので、日本というものはやはりものづくりなので、一回そこに入ってみようかなと思って、家業に入ったというのが経緯。

石田:

いざ家業を継がれて、やはり色々苦労されたんじゃないですか?

渡辺:

面白いんですけど、今でこそマスコミの方々に愛される会社ということで取りあげて頂けるんですが、当時私が入った22年くらい前は、夕方くらいになると職人が酒盛りしているんですよ。16時くらいから。「何やってるの?」と聞くと、「仕事終わったからやることねえんだよ」みたいな話で一升瓶をみんなで。あと日曜日になると、場外馬券場に行っちゃって誰もいなくなるみたいな。

一応銀行員で多くの企業さんもディーラーやったあとに持たせて頂いて、企業を見てきたので、このくらいの中小企業は簡単だろうと思って入ったんです。ところが本当に大変でしたね。全く言う事聞かないし。

朝岡:

そりゃ働いてる職人さんはね、この世界の事は俺たちが一番よく知ってるぞと。

渡辺:

そう。後から入ってきたやつが何を言ってるんだと。もうドラマのような世界ですよ。

朝岡:

そこを10年かけて少しずつ?

渡辺:

まさに眉間に皺寄せて、経営者たるものは利益を出さなきゃいけないと思ってやっていましたので、経営の目的は利益を出すことだと。銀行員でしたから。キャッシュフローをどれだけ潤沢にまわすことだってやっていたので、ちょっと違う人を見ると、なんか異物みたいに見えるわけですよね。

だから焦ってくるわけですよ。この人がいると会社が大変なことになるんじゃないかと思ってくると全部バッタバッタ切りたくなっていくわけです。そういうことを30代の頭頃にやっていましたね。

石田:

社員の皆さんはどういう反響だったんでしょうね?

渡辺:

まだ専務だったので「あの馬鹿が社長になったら辞めてやる」みたいなことを言っていたらしいんですけど。ただ、やると自分もどんどん元気が無くなってくるんですね。返り血を浴びますので、夜鏡を見たら血まみれの自分が見えたんですね。自分も夜寝れなくなったりとか、色んなことがあったので。

根本的に自分の考え方もマネジメントも変えていかないといけないだろうなとその時思いました。だから自分のターニングポイントはまさにその時だったなと思います。