株式会社 ちんや
1880年(明治13年)創業

現存する浅草最古のすき焼き店

明治13年、かつて東京一の盛り場として繁栄した「浅草」の地で狆などの愛玩動物を納め、獣医を兼ねた「狆屋」を創業。
伝統的なお座敷広間や個室で高級黒毛和牛のすき焼きやしゃぶしゃぶなどを提供。
そこには“すき焼きを売る”のではなく“思い出を売る”精神が刻み込まれている。

代表紹介

代表取締役
6代目 住吉 史彦(すみよし ふみひこ)

1965年浅草広小路に生まれ育つ。
1988年慶応義塾大学卒業後、デパートに勤務。
2001年にすき焼き「ちんや」を継いで六代目店主となり、現在に至る。

老舗の旦那として地元浅草の街を支える、日本初のすき焼き屋の団体「すきや連」を結成し事務局長に就任。
向笠千恵子著『すき焼き通』『日本のごちそう すき焼き』の刊行に参画。
また、東北復興チャリテイー企画「五県蔵元連合試飲会」や「すき焼き食育プログラム」などを開催。

ちんやの歴史

1880年(明治13年)
愛玩動物を卸す、ペットショップ業より料理屋に転じる
1903年(明治36年)
現在の『すき焼き専門店』へ
1975年(昭和50年)
店舗を立て直し現在の店舗の形へ竣工
2001年(平成13年)
8月1日 住吉史彦(36歳)が6代目の代表へ
2016年(平成28年)
史彦氏、「浅草はなぜ日本一の繁華街なのか」発行
2017年(平成29年)
お肉の、一つの基準『ちんや』の『適サシ肉宣言』を提示
企業情報:
株式会社 ちんや / 東京都台東区浅草1-3-4 / 03-3841-0010(代)
公式ホームページ:
http://www.chinya.co.jp/

ちんやの「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

ちんやの始まりは犬の「狆」を売る現代版ペットショップであった。
時代の流れは犬種の好みを変え、苦悩の上、文明開化のシンボル
「すき焼き」の業界へ。

その取捨選択は功を奏し、繁華街として全盛期を迎えていた浅草で
すき焼きの老舗となったちんやの創業の精神に迫る。

「決断」~ターニングポイント~

特別な日に食べる御馳走だから
「思い出」という言葉に一番近い食べもの

幾度となく困難が訪れても、すき焼きを食べることで人を幸せに!

BSE問題など肉離れを世の中がしても、ただひたすらに肉の美味しさを追求し続けた「ちんや」。その想いは「適サシ肉宣言」へたどり着く。

時代の様々な景色、お客様の特別な日に寄り添ってきた
「ちんや」のターニングポイントとは?

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

偉人の名言を自身の境遇に重ねる

「星の王子様」を生み出したフランスの作家サン=テグジュペリ氏や
友人である落語家の立川談慶氏の二人から影響を得た言葉があった。

史彦氏が影響を受け、心に刻む二つの言霊とは?

「貢献」~地域、業界との絆~

地域と企業が特に活発な浅草
“唯一無二”の街を守り続けている

幼いころから店の上に住み続けている浅草の地では
お互い「ちゃん付け」をして呼び合うほどフランクなのだという。

「貢献」という意識よりも「ボランティア」という言葉よりも
「それが生活の一部」という感覚で行われてきた「ちんや」の地域活動とは?

「伝統」~受け継がれる伝統~

お客様も受け継いでいた「ちんや」の味

創業135年を記念して作られた「すき焼き思い出ストーリーの本」

「私、お客の5代目なんです」

ほんの10行ほど綴られた思い出の中に印象的なストーリーがあった。
愛され続ける「ちんや」の伝統への取り組みに迫る。

「NEXT100」~時代を超える術~

「ハートの部分の価値は高く、満足度の提供を」
こだわるのはとにかく「美味しさ」

これからもすき焼きは日本人の思い出に近いところに在り続ける。
100年先にも変わらない「ちんや」にとっての核、
次代へ届けたい想いを、6代目の史彦氏が語る・・・