Story~長寿企業の知恵~ 「 貢献 」
←前のパート
次のパート→

有限会社 日本橋弁松総本店
貢献 ~地域、業界との絆~

ナレーション

ナレーション:自ら代表を務める弁松だけでなく、地元の日本橋の発展と伝統の継承に励む樋口だが、多くの長寿企業が集う日本橋には昭和26年に創業100年をこえる企業が集い発足されたものがある。その名は「東都のれん会」。

樋口:

今54社か55社か、みんな江戸時代、明治時代から続いている会社が、色んな業態があるんですけど、集まった会合がありまして。

そこは全く利害関係のない懇親の会で。大体が先々代のあたりに結成されたので、食事会とか参加して、別の老舗の会長クラスのおじいさんおばあさんが出てくると、お前のおじいさんとは昔こういう芸者で遊んだとか、そういう話を聞かせてもらったりして。また自分たちの子供の代が出てくると、家族みたいな付き合いで。そこで利害関係がないので、老舗とはとか、経営のこととか教えてもらうこともあります。

石田:

私実はかつて日本橋に住んでいたんですけども、老舗が沢山ございまして、皆さん仲が良くて、私はよそから来た者だったんですけど、すごく気さくに声をかけてくださったんですよね。

街全体が繋がっている印象があったんですけども。だからこそ新しく来た方も受け入れるという感じで、今日本橋は再開発されていますけども、沢山のインバウンドを受けいれて、温かくおもてなしされているんではないかなと思います。

朝岡:

お話伺ってると、単なるお弁当だけにとどまらず、江戸の歴史とか全部一緒になって弁松さんと一緒に歩いているみたいな気持ちになるんですけど、ご趣味は歴史関係とかお好きなんですか?

樋口:

そうですね。今の日本橋の街の話になるんですけど、うちはただお腹を満たすだけのお弁当をつくっているというよりは、江戸の文化としてのお弁当をつくってるつもりなんですね。

もちろんお弁当そのものもそうですけど、付加価値として日本橋とか江戸の文化を知ってもらいたいということで、ガイドやったり色々しているんですけど。その中のひとつで、自分の趣味でもあるんですけど、こういった日本橋界隈の昔の絵葉書を。

朝岡:

いわゆる着色写真みたいなね。昔の日本橋、高速道路なんか全然なかった頃の。

樋口:

そうですね、彩色写真。関東大震災でやられちゃった。橋は無事だったんですけど、まわりは。これは魚河岸ですね。

朝岡:

魚河岸があった頃の。見入っちゃうな。こんなに空がいっぱいあったんだ昔は。

樋口:

これは三越ですね。絵葉書を集めて分かったのが、大体明治の半ばから昭和初期くらいの間の風景があるんですけど、日本橋の橋を通っていて、 高速道路がなかった風景は皆さん何かしらで見ているかもしれない。ただそれ以外にも橋の上ひとつにとっても色んな風景があるんですね。

日本橋の街は大通りから一本入った小道に実は凄い歴史が隠されていたりとか、目には見えないんですけども、老舗もそうですが、色々面白い歴史があちこちに埋もれている。ただそれは見る人が自分から見ようと思って探さないとわからないんですね。今は多少街自体でアピールしている部分もあるんですけど。

ただ通ってしまったらただの道で終わってしまう。それがもったいないので、自分もまだまだ地元に住んでいながら知らないことが沢山あると思うんですけど、そういった面白い事を伝えていきたいというのがあります。ハガキは整理がついていないんですけど、ちょっとまとめたりもしていて。

石田:

全部樋口さんのコレクションなんですか?

樋口:

そうですね。

朝岡:

日本橋名所案内だって。建物好きにはたまりませんね。

樋口:

これも何枚がゴールなのかわからないので、今1000種類くらいあると思うんですけど。

朝岡:

これはいよいよ弁松博物館をつくるしかないですね。