Story ~長寿企業の知恵~ 「 決断 」
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秋本産業 株式会社
決断 ~ターニングポイント~

ナレーション

続いてのテーマは「決断」~ターニングポイント~
秋本産業の発展と共に訪れた苦難、そして打開に向けた決断を
4代目金子俊介が語る。

いまおか:

決断・ターニングポイントということでお話を伺いたいと思うのですが、まずは会社にとっての転機、ターニングポイントはなんだったでしょう?

金子:

まずね、広島で言えば、私が生まれる前ですけど「原爆と戦争」というのははずせないところなんですけどね。それがあったからこそ「復興」というところで、うちのような商売、材木屋さんだとか建材屋さん、金物屋っていうのは、ある意味大きな力になったし、大きなちからをもらったんじゃないかと思いますね。
原爆の時にはそう・・・会社の時にはね。

いまおか:

原爆の時は本当に何も無くなってしまったわけじゃないですか。その時のお話は聞かれてますか?

金子:

いいえ。それも含めてね、先代社長からそういう話はないんですけれども、義理の母からね、聞いたことはあります。原爆の話は。原爆の話はする人じゃないんで、ただ一言「大変だった」と。原爆受けて、江波で受けたらしいんですけど、牛田の家で帰る道がわからない。道路がない。山の形だけで行くんですけど、橋もないというところでその途中で色々見たんでしょうけど、その話は何にもないです。
先代と私、面と向かって仕事の話ししたことないんで、以前の話は申し訳ないんですけれど本当に何もきいてないんですね。

いまおか:

何にもなくなったところから立ち上がって?

金子:

はい。兵隊から帰ってきて元の商売、もちろんその仕入先だなんとかってのは広島以外の所からは残ってるし、山間部の方にもメーカー・・・メーカーって言いますかね、そういうところを作っているところは残ってたでしょうから同じように手に入れば売れる状態でしょうからねこの商売。
そういうもの。材木にしても金物にしても、みんな家がないわけで、そういう手に入れば売れる状態のところで、以前から商売をしてた川上の山の中から瓦を持ってきて材木を持ってきて、持って来れば売れる状態だと私は理解してますね。

いまおか:

そういう風に考えると、何も無くなった広島の街を建て直すためになくてはならなかった仕事かもしれませんね。

金子:

と思います。

いまおか:

社長が就任されてからのターニングポイント、会社の転機はありましたか?

金子:

あー・・・来たばっかりの時に、もう老舗だからお客さんも決まってると。「秋本産業はお客が決まってるんだから営業することもないし、座ってればいいんだ、判子を押してください」ということでそれじゃあ私にもできるなということで入ってきたんですが、ご存知のようにちょうど10年前くらいにリーマンショックがあって、日本航空は潰れるわ、あれは潰れるわ。銀行さんはもう名前が変わってわけわかんなくなるわ、いろんなことがあって。そういう転機の中で売り上げが、今ちょうど30億くらいなんですがその頃一番下が私が来た頃13億でした。それで35、6人社員がいて10人減らしてくれと。

いまおか:

10人!

金子:

コンサルの会社、会計会社なんですけど10人減らしたら保つよ。じゃないと保たなくなるよと言われてそれで悩んだんですよ。

いまおか:

ええ。

金子:

で、お客さん共々手に入れてっていう方法で、2人ずつ行けばそこで10人になりますんでね、で、なんとか減らさずに

いまおか:

はい。

金子:

それで行く前に「自分の給料だけ稼げ」と。うちが非常に具合が悪い。首を切らなきゃいけない状態まできているんだけど、その間私来て給料2回減らしたんですよ。給料2回減らして、連続2年。でもこれを改善するためにはもうちょうど他所様も辞めるっていうし。じゃあその会社を買い取って、ウチの人間をぶっつけて、で給料だけ稼げと。となるとそこのお客さんも守られるし、それでうちも助かるしっていうことで店を出してってそれでまぁ・・・その辺がターニングポイントでしょうね。そこが。

いまおか:

じゃあお一人も。

金子:

切らずに。

いまおか:

切らずに

金子:

はい。

いまおか:

お店も潰れそうなところは救って。

金子:

救ってって言葉は悪いですけど(笑)まぁ利用したって言った方がいいんかわかりませんけど、まぁ社員さんは喜んでますよ。

いまおか:

そうですか。

金子:

ええ。社員さんは喜んでますよ。

いまおか:

素晴らしいですね〜。
社長になられてからすぐのご苦労、このリーマンショックが来る前ですが、ご苦労がありましたか?

金子:

きてすぐ、言葉通りすることがないんですよ。もともとは運送屋でしたんで、こっちへ来てもそれまでは運賃を売ってましたんでね、今度は「金物」目に見えるものを売るんですけれども。相手がどこかわからない、ライバルがどこかわからない。ただ飾ってもらってるだけってんで、それで私がまず困ったなーと思ってまずインターネットやら電話帳めくって金物屋さん大工さんゼネコン、いろんなとこへ300、400手紙を書いたんですよ。いろんなところへコピーとって。「私が何をしても構わん」と言われたんで。で番頭さんが、社長来てなんかしよるわって。時間潰ししよるなって思ったんでしょう。
それで400通出すと(切手代が)80円ですからまあ3万ちょっとですね。それくらいの金くれって言ったらくれますんで(笑)それを全部切って貼って全部出した。
そしたら大変なことになって、お客さんから「今度来た社長は馬鹿か?」と。

いまおか:

はあ!

金子:

要するに自分のところを通り越して、あっちこっちに手紙出しとるって。で、卸屋のくせにお前が売るんか!と。要するに商流がわかってなかったんですよ。うちが仕入れて金物屋さんにおろしてそこにお客さんが呉に来る。地場の大工さんなんかが買いにくるわけです。安佐南区なら安佐南区の大工さんがくるわけです。その大工さんを調べて。手紙出して「うち安いですよー」みたいなことを書いて出したから「お前んとこの会社の社長は馬鹿か?」と言われて。それでもう徹底的に謝りに行って・・・
だから新任の挨拶じゃなくって「すいません」って挨拶。

いまおか:

あら!最初がお詫びだった?

金子:

大変ですよ。それが私が来てすぐの失敗。

いまおか:

あらーよくわかってらっしゃる社員さんがたくさんいらっしゃる中でまぁもう眠れない日もあったんじゃないですか?

金子:

そうですね。年上の人ってまぁ、私も結構歳食ってましたんで。年上の人は2、3人ですけど・・・経験者は多いですからね。全てが私より経験が多い。
今でも思うんですがいいんですよ、社長は何もわかってない方が。今でも専門的な文章、仕事の内容で一課二課三課四課って分かれてるんですけれども、彼らの取り仕切ってる課長さんは私のところに聞いてこないですもん。

いまおか:

(笑)

金子:

わからないから。だから自分らでものをやって自分らで判断して自分で値段を決めて全部。だから「これいくらでやりましょうか」なんて私には誰も聞いてこないし、これを売っていいですかとか、これを・・・といういろんなことは聞いてこない。それぞれのセクション6人ずつ部下を持っとるんですけれども、彼らはもう自分らが上司と思ってるんじゃないでしょうかね。一国一城の主で、っていうところでは、独立したような感じです。

いまおか:

たくさんのご苦労があったわけですねー。

金子:

まあ一生懸命でしたけどね。

いまおか:

今度はご自身のターニングポイントについてお伺いしたいと思いますが、お話を聞いていると社長になったことというのが大きなターニングポイントだったと思いますが今一度、ご自身のターニングポイントはなんですか?

金子:

前の会社の時に偶然なんですけど広島で転勤があったんですよ。その時に広島生まれで広島で転勤というのもこれ偶然なんですけれども、まぁその時に昔の友人だったりしてある程度生まれの広島で改めて馴染んだっていうのがあって、帰ってくることには抵抗はなかった。4年間からちょっと単身で前の会社から来てましたんでね。転勤の・・・転勤というか、帰ってくることの不安はなかった。友達がけっこうおりましたんでね。

いまおか:

おかえりになることは急にだったんですか?

金子:

いいえ。サラリーマンをしてます時に仙台が言いにくかったんでしょうね。番頭さんと若い社員を連れて、私の会社に乗り込んで来られて。それで「跡継ぎがいない。会社を模し継いでくれなければ・・・その・・・ある会社によって全部財産を分けて解散しようと思う。」と前社長が言っとるんだけれども、社員は「このままやりたい。できれば座っててくれるだけでいいから、何もしなくていいから帰ってきてもらえないか」と。っていうことやってもらえないだろうかと。
その時はさっきも言いましたけれどもちょうど広島にいましたんでね、広島で歳も歳でしたんで支店長をしておりまして、そこへ乗り込んで来られて。で、私もあんまりの隠すような人間じゃなかったんで、うちの総務の人間とか入れてだいたい話をするんです。その時も同じように総務の入れて話して、向こう・・・今の番頭さんも直入にね「継いでくれ」ってストレートに言われて。で、私も勢いに押されて「やりましょう」とかいうことになったんだけど(笑)「まだ先でいいですか?」ということで時間をもらって、それからどうですかね4、5年経って86の時に先代が・・・ギリの親父なんですけれど、脳梗塞で倒れて、しゃべれなくなって。それで私慌てててすっ飛んで消えってきました。 そしたら何も準備なかったで。

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