株式会社 まるや八丁味噌
1337年(延元2年)創業

こだわりの伝統製法が造り上げる八丁味噌

米麹を使わず、大豆のみで麹を造り、塩と水のみを混ぜ、約2メートルもの木桶に仕込み
約3トンもの重石を職人が一つ一つ積上げ二夏二冬(2年以上)を超えて天然醸造を行う
徳川家康公にも愛されたと言われる八丁味噌の味を守るために続けられている伝統製法は
時間をかけてじっくり熟成、大豆の旨みがギュッと詰まった深い味わいが特徴
醸造業から始まり、江戸時代から始めた八丁味噌造りの伝統の技と味を守りながらも
世界20カ国以上に、「Hatcho Miso」の商品名で輸出するなど、積極的に新しい挑戦を続けている

代表紹介

代表取締役社長
浅井 信太郎 (あさい のぶたろう)

東京農業大学卒業

1971年 食品会社入社2年後に休職しドイツへ渡る。
   (西ドイツハンブルグ大学入学)
1979年 まるや八丁味噌入社
2002年 まるや八丁味噌取締役就任
2004年 まるや八丁味噌代表取締役就任

ドイツへの留学経験から、オーガニックへの可能性を早くから見出し、有機大豆を使用した有機八丁味噌を発売。国内はもとより複数の海外の有機認証機関の認証を受け、海外20カ国で販売中。八丁味噌の伝統を未来へ繋いでいくために、常に新しい挑戦を模索している
海外では「MR HATCHO」の愛称で通る

まるや八丁味噌の歴史

1337年(延元2年)
大田弥治右衛門が現岡崎市八帖町に醸造を始める
1716年(享保元年)
八丁味噌の醸造は160屯
1832年(天保3年)
岡崎藩御用達として最高位の十人組みに名を列ねる
1878年(明治11年)
八丁村と松葉町が合併し八帖村となる
1895年(明治28年)
第4回勧業博覧会褒賞受賞
1931年(昭和6年)
合名会社大田商店設立
1990年(平成2年)
合名会社まるや八丁味噌に社名変更
2010年(平成22年)
78年ぶりに木桶を新調
2015年(平成27年)
ミラノ国際博覧会に八丁味噌協同組合として出展
企業情報:
株式会社 まるや八丁味噌 / 愛知県岡崎市八帖町往還通52 /  0564-22-0222
公式ホームページ:
http://www.8miso.co.jp/

まるや八丁味噌の「知恵」

「創業の精神」~家訓や理念誕生の経緯~

会話の中で伝える

‟原料は大豆だけ”というこだわりを持って
まるや八丁味噌は創業から700年もの間
その味と製法を今に伝えてきた。

長い歴史に秘められた創業の精神に迫る!!

「決断」~ターニングポイント~

休業の中で守り抜いた品質

第二次世界大戦中に、‟物価統制令”のため
原価の高い味噌を作り続けることは
赤字を増やし続けることと同じであった。

まるや八丁味噌はどのようにして、この危機を乗り越えたのか⁉
そして、浅井氏自身のターニングポイントに迫る!

「言魂」~心に刻む言葉と想い~

何だって"できる"と想うこと

幼き頃から気になる事があれば
「行動せずにはいられなかった」と語る浅井氏

行動の先に出会った人の中に、
今でも脳裏に刻まれた記憶、想い、知恵を与えてくれた人がいた

浅井氏が胸に刻む言葉とは・・・

「貢献」~地域、業界との絆~

個性で生きる

1600年代から、商いを続けてきた旧東海道という地には
八丁味噌を作り続けるライバルの店が複数ある
この同志と共に、400年もの間、その味と製法を遺し続けられた裏には
地元岡崎市へ想いがあった・・・・

浅井氏にとっての社会貢献、地域との絆とは?

「NEXT100」~時代を超える術~

自他共に
正しく生きる、正しく事業を運営する

2年以上熟成させて作る、まるやの八丁味噌。
手間も時間もかかる製法の中で守り抜かれた味は、
今も多くのお客様から愛されている。
100年先も変わらない、八丁味噌にとっての核、
そして、浅井氏が語る後継者へ届ける想いに迫る!

写真でみるまるや八丁味噌